171 / 566
小夜啼鳥(ナイチンゲール)23 side楓
「それは…運命の番、ということ…?」
「そうです。俺には、運命の番がいます。だから、あなたの番にはなれないんです。俺は、彼しか受け入れられない。今回、あなたを受け入れられなかったのは、あなたが運命の人じゃないからだと…そういうことです」
言葉を重ねると、伊織さんは悲しそうに眉を寄せる。
それを見ていられなくて、思わず目を伏せた。
「じゃあ…なんで君はあそこで働いてる?どうして、その人と番にならなかったんだ。運命の番なら、抗うことも出来ずに惹かれあい、離れられなくなるものなんだろう?」
「…ええ、そうです」
それは引力よりももっと強い力
抗うことなんてできない
考えることすらない
血の繋がった兄弟だろうが関係ない
なんでとか
どうしてとか
理屈なんてなにもない
ただ
蓮くんが運命の番だとわかった瞬間
この身体の細胞の一個まで
俺の全ては彼のものだと理解した
「でも…俺にはもう、彼の番になる資格なんてない」
「それは、なぜ…?」
「俺は、穢れているから」
「…柊…」
「昼も夜も関係なく、数えきれないほどの男に身体を開いてきた。麻薬中毒になって、1年間療養施設から出てこられなかったこともあります。今だって、結局誰かに身体を差し出すことでしか、生きていけない。こんな人間、運命の番だからって許せるわけないでしょう?」
俺は蓮くんから全てを奪ってしまった
俺のせいで彼の未来を歪めてしまった
あの誰よりも大きくて白い翼を瀆 してしまった
もう
彼の運命である資格なんて俺にはない
それでも
俺には蓮くんしかいないんだ
「それに、たとえ俺に運命の人がいなくても、俺はあなたにはふさわしくない。これから総理を目指そうって人が、こんなスキャンダルまみれのΩを番になんてしてしまったら、すぐに足元を掬われますよ?」
顎に力を入れて、顔を上げ。
口の端に笑みを浮かべてみせると、伊織さんは苦しそうに顔を歪める。
「…その運命の人が『蓮くん』なのか?」
静かな問いかけに、一瞬息が詰まった。
やっぱり口走ってしまっていたのか…
「そうです。ヒートの時の俺は、あなたに抱かれてたんじゃない。ずっと、幻の中の彼に抱かれていたんです」
止めを刺すだろう一言を、口に乗せると。
伊織さんはそっと目を伏せて。
「…それでもかまわないと言ったら?」
想定外の言葉を、放った。
「…ダメです」
「なぜ?君は、もうその運命の人と番になる気はないんだろう?」
「…でも、俺の心のなかには彼しかいない。俺の全ては、彼のものなんです」
「それごと、僕が引き受けるよ」
「伊織さんっ…」
「彼を愛する君ごと、僕は君を愛する。一度は僕を受け入れられたんだ。希望はある。君の過去のことだって、誰にもとやかく言わせないくらいの力を、僕が持てばいいことだ」
「ダメですっ!そんな気持ちで番になったって、あなたをもっと傷付けることになる…」
「愛する君に傷付けられるなら、本望だよ」
強い意思を乗せた眼差しに、身体が震えた。
それは恐れなのか
それとも……
浮かんだ考えを、首を振って振り落とす。
「…ダメです。俺のことは、諦めてください」
「そんな理由で諦めきれるほど、僕の想いは浅くはない。君だって、運命の彼ほどではなくても、僕に好意を寄せてくれているはずだ」
「それ、は…」
「本当に無理なら、僕のことが大嫌いだとでも言えばいい」
そう言われて。
言われた言葉を、口にしようとした。
でも、できなかった。
「…無理です。諦めてください」
「嫌だ。僕は、諦めないよ」
「お願い…俺のことは忘れてください。ごめんなさい…」
しばらくの間押し問答を繰り返しても、伊織さんは引くことはなくて。
「言ったはずだ。今すぐに番にしたいわけではないと。君の気持ちが解れるまで、僕はいつまでだって待っているから」
念押しするように、言われて。
俺はその熱い視線から逃れるように、俯くしか出来なかった。
ともだちにシェアしよう!