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小夜啼鳥(ナイチンゲール)23 side楓

「それは…運命の番、ということ…?」 「そうです。俺には、運命の番がいます。だから、あなたの番にはなれないんです。俺は、彼しか受け入れられない。今回、あなたを受け入れられなかったのは、あなたが運命の人じゃないからだと…そういうことです」 言葉を重ねると、伊織さんは悲しそうに眉を寄せる。 それを見ていられなくて、思わず目を伏せた。 「じゃあ…なんで君はあそこで働いてる?どうして、その人と番にならなかったんだ。運命の番なら、抗うことも出来ずに惹かれあい、離れられなくなるものなんだろう?」 「…ええ、そうです」 それは引力よりももっと強い力 抗うことなんてできない 考えることすらない 血の繋がった兄弟だろうが関係ない なんでとか どうしてとか 理屈なんてなにもない ただ 蓮くんが運命の番だとわかった瞬間 この身体の細胞の一個まで 俺の全ては彼のものだと理解した 「でも…俺にはもう、彼の番になる資格なんてない」 「それは、なぜ…?」 「俺は、穢れているから」 「…柊…」 「昼も夜も関係なく、数えきれないほどの男に身体を開いてきた。麻薬中毒になって、1年間療養施設から出てこられなかったこともあります。今だって、結局誰かに身体を差し出すことでしか、生きていけない。こんな人間、運命の番だからって許せるわけないでしょう?」 俺は蓮くんから全てを奪ってしまった 俺のせいで彼の未来を歪めてしまった あの誰よりも大きくて白い翼を(けが)してしまった もう  彼の運命である資格なんて俺にはない それでも 俺には蓮くんしかいないんだ 「それに、たとえ俺に運命の人がいなくても、俺はあなたにはふさわしくない。これから総理を目指そうって人が、こんなスキャンダルまみれのΩを番になんてしてしまったら、すぐに足元を掬われますよ?」 顎に力を入れて、顔を上げ。 口の端に笑みを浮かべてみせると、伊織さんは苦しそうに顔を歪める。 「…その運命の人が『蓮くん』なのか?」 静かな問いかけに、一瞬息が詰まった。 やっぱり口走ってしまっていたのか… 「そうです。ヒートの時の俺は、あなたに抱かれてたんじゃない。ずっと、幻の中の彼に抱かれていたんです」 止めを刺すだろう一言を、口に乗せると。 伊織さんはそっと目を伏せて。 「…それでもかまわないと言ったら?」 想定外の言葉を、放った。 「…ダメです」 「なぜ?君は、もうその運命の人と番になる気はないんだろう?」 「…でも、俺の心のなかには彼しかいない。俺の全ては、彼のものなんです」 「それごと、僕が引き受けるよ」 「伊織さんっ…」 「彼を愛する君ごと、僕は君を愛する。一度は僕を受け入れられたんだ。希望はある。君の過去のことだって、誰にもとやかく言わせないくらいの力を、僕が持てばいいことだ」 「ダメですっ!そんな気持ちで番になったって、あなたをもっと傷付けることになる…」 「愛する君に傷付けられるなら、本望だよ」 強い意思を乗せた眼差しに、身体が震えた。 それは恐れなのか それとも…… 浮かんだ考えを、首を振って振り落とす。 「…ダメです。俺のことは、諦めてください」 「そんな理由で諦めきれるほど、僕の想いは浅くはない。君だって、運命の彼ほどではなくても、僕に好意を寄せてくれているはずだ」 「それ、は…」 「本当に無理なら、僕のことが大嫌いだとでも言えばいい」 そう言われて。 言われた言葉を、口にしようとした。 でも、できなかった。 「…無理です。諦めてください」 「嫌だ。僕は、諦めないよ」 「お願い…俺のことは忘れてください。ごめんなさい…」 しばらくの間押し問答を繰り返しても、伊織さんは引くことはなくて。 「言ったはずだ。今すぐに番にしたいわけではないと。君の気持ちが解れるまで、僕はいつまでだって待っているから」 念押しするように、言われて。 俺はその熱い視線から逃れるように、俯くしか出来なかった。

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