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小夜啼鳥(ナイチンゲール)25 side春海
「おーい、そろそろこっちに戻ってきてくんなーい?」
不意に、声が耳に飛び込んできて。
我に返って顔を上げると、目の前で亮一がレタスをむしゃむしゃ頬張りながら、睨むように目を細めて俺を見ていた。
「亮一…いつ来たの?っていうか、なんでレタス?っていうか、いつシーザーサラダなんて頼んだの?」
矢継ぎ早に質問すると、やれやれとでも言いたげに、大仰に肩を竦める。
アメリカ帰りだからなのか、いちいちリアクションがオーバーなやつだ。
「来たのは、10分くらい前。いくら声掛けても気付かないから、勝手にビールとサラダは頼みましたっと。…他に質問は?」
「…ありません」
「よろしい」
腕を組み、偉そうにうんうんと数回首を縦に振ると。
もう半分くらい減ってるビールのグラスを、口に運んだ。
本当にだいぶ前に来てたんだな…
俺、そんなに長いこと考え込んでたのか
和哉とのトーク画面を、結局既読スルーしたまま閉じて。
もうすっかり炭酸なんて抜けきってる自分のビールを、喉に流し込む。
気の抜けたビールは、ただ苦いだけだ。
「…んで?俺が来たのにも気付かないほど、考え込んでたことってなに?」
亮一が、面白そうに片眉を上げながら訊ねてくる。
「別に…」
「当ててやろうか?柊のことだろ」
「えっ…!?」
誤魔化す前に、ズバリと言い当てられて。
おもいっきり狼狽えてしまった。
「柊に会いたくてたまんないんだろ。でも、おまえあーいう店、苦手だもんなぁ」
亮一が、ますます面白そうに笑う。
「いや、えっと…」
「仕方ねぇなぁ~、そんなに会いたいなら、俺が連れてってやろうかぁ?」
「…ごめん。言ってなかったけど、あれから何度か店に行って、指名してる…」
「はぁぁ!?」
優越感に浸ってる鼻をへし折るのは申し訳ないと思いつつ、正直に告白すると。
亮一の眉が、今度はつり上がった。
「なに黙ってんだよっ!そんな大事なこと!」
「ごめん。なんか、言いそびれちゃって…」
「つか、指名!?なんで!?」
「いや、なんでっていうか…」
「ずるいっ!俺があんなに苦労して指名できるようになったのに、おまえはっ…!」
「ご、ごめん…」
「…よし、これからAngel's ladderへ行こうっ!」
「え、今から?」
「おう!今からだ!俺とおまえと、どっちがお気に入りなのか、柊に直接聞いてやるっ!」
「あ、でも柊さん、ヒート終わったばっかりだろうから、まだ出勤してないかも…」
鼻息も荒く、今すぐに飛び出さんばかりの亮一を宥めようとそう言うと。
「はぁ!?おまえ、柊のヒートの時期まで把握してんの!?」
逆に、火に油を注いでしまったようで。
「や、それはいろいろ訳があって…」
「もーゆるさんっ!柊は、先に俺が目を付けたんだからなっ!そこんとこ、柊にもはっきり言っとかないと!いくぞ、春海っ!」
食べかけのサラダを残し、席を立ってしまう。
「え!?飯は!?」
「そんなの後だ!」
「ええっ!?ちょっ…待ってよぉっ!」
俺の制止も聞かず、肩を怒らせたまま出口へと歩きだしたその背中を、慌てて追いかけた。
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