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小夜啼鳥(ナイチンゲール)26 side春海
「いらっしゃいませ。醍醐様、藤沢様」
小さなエレベーターの扉の先に広がる、異空間のようなロビーへと足を踏み入れると。
この店の受付である、顔に傷のある男が綺麗な斜め45°のお辞儀をした。
「どうも。柊、いる?」
「はい。出勤しております」
「すぐ、付けてほしいんだけど。もう、他のテーブルに付いてる?」
「…少し、お待ちください」
亮一の傲慢な物言いにも顔色一つ変えず、受付の男はポケットから携帯を取り出し、電話をかける。
「かしこまりました、醍醐様。中へどうぞ」
電話の相手と、2、3言話して。
すぐに階段上のフロアへと招き入れられた。
中世ヨーロッパのお城をイメージさせるような豪華な階段を上り、中へ入ると。
柔らかいピアノの音色が、俺たちを出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ、醍醐様、藤沢様。こちらへどうぞ」
そう言って案内に立ってくれたのは、この間最初にヒートを起こした涼介って男の子。
元気に働いてる姿にほっとして、体調はもう大丈夫なのか聞こうかと思ったけど。
俺と目があった瞬間、気まずそうに顔を背けられたから、話しかけない方がいいのかもと、開きかけた口を閉じる。
あの騒動、亮一は知らないんだし
余計なことを言わない方がいいんだろうな…
一番奥のテーブルに案内されながら、ピアノの音色に耳を傾けると、流れているのは『ワルツ・フォー・デビー』
ジャズの名曲を、この店の雰囲気に合わせてしっとりとした曲調にアレンジしたもののようだ。
そういえば、楓は昔から雰囲気に合わせてアレンジして弾くのが得意だった。
小学生のころ、当時流行ってたヒーローものの主題歌を弾いて欲しいとねだった時も、本物のそれよりも数倍カッコよく弾いてくれたことがあったっけ。
あの時は蓮が、そんなもの楓に弾かせるなってすごい剣幕で怒ったけど、いざ弾いてくれたら誰よりも興奮して嬉しそうだったっけな…
セピア色の思い出を、微かな痛みとともに胸の奥から取り出しながら、チラリとピアノの方を見ると。
楓はあの頃と同じ、幸せそうな微笑みを浮かべて、鍵盤を弾いていた。
テーブルに着くとしばらくして、ピアノの音が止む。
店内の音楽が有線チャンネルに切り替わると、ゆったりとした足取りで、楓がやってきた。
「いらっしゃいませ」
「柊っ!ここ!ここ座って!」
膝を折って挨拶をしようとした楓の手を無理やり引いて、亮一が自分のすぐ横に座らせる。
「ねぇっ!柊は俺とこいつ、どっちが大事なの!?」
いろいろすっ飛ばして、一番核心の質問だけを投げ掛けた亮一に、楓は目を丸くして首を傾げた。
「亮一さん?どうしたんです?急に」
「だってさ!俺がいない間に、こいつを店に入れてたんだろ!?柊は、俺よりこいつの方が上客だと思ってるってこと!?αの俺より、βのこいつを!?超優秀な外科医である俺より、しがない研究員のこいつを!?」
「おい、亮一…」
なんか、だいぶいろいろおかしなことを訊ねている亮一を止めようと、その肩に手を掛けると。
楓が、そっと俺に目配せしてくる。
「そんなこと、あるわけないじゃないですか。藤沢様は、大切な亮一さんのお友だちだから、丁寧におもてなししたいと思っているだけですよ」
柔らかくて、でもどこか妖しい色気を帯びた微笑みでそう言うと、ゆっくりと亮一の手に手を重ね、指を絡めた。
「ホント?」
「ええ。それに、私が知らない亮一さんのこと、藤沢様から聞いてみたかったんです」
「そんなの、俺に直接聞けばいいじゃん!柊が聞いてくれたら、なんだって答えるよ?」
…案外、チョロいやつなんだな、亮一…
楓の色気に当てられて、瞬く間にデロデロにデレた亮一を見ながら、呆れにも似た溜め息が落ちた。
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