175 / 566

小夜啼鳥(ナイチンゲール)27 side春海

亮一は、俺から楓をガードするように腕の中にしっかりと抱きかかえたまま、ウイスキーを傾ける。 途中、俺が会話に参加しようとすると、まるで犬でも追い払うようにシッシと手を振られ。 時々、楓の申し訳なさそうな視線に微笑みを返しながら、仕方なく二人の会話を黙って聞いてるしかなかった。 なんか…楓、あんまり顔色良くないな… ピアノ弾いてるときはそうでもなかったけど なんかちょっと元気無さそうだし… 少し痩せたのはヒートが原因なのかな…? ヒート中のΩは食事が疎かになるって聞いたし そして、あの赤い痕… チョーカーと襟のほんの少しの隙間から見えるそれに あまり気付く人はいないかもしれないけど キスマークとも違う、あれは… 「あーっ、もう!なんだよっ!」 薄めに作ってもらった焼酎の水割りをチビチビ飲みながら、楓を観察してると。 突然亮一が苛立った声を上げて、ポケットからスマホを取り出した。 「呼び出し?」 「くっそ!病院になんて戻ってられるか!柊!ちょっと待ってて!すぐ戻ってくるから、絶対他のテーブル行かないでよっ!」 俺の質問には答えず、楓にだけそう言い残して。 亮一はフロアを走って出ていく。 「…時間外にも、呼び出されるんですか?」 「まぁ、ああ見えてあいつ、超優秀な外科医だからね。よく救急に呼び出されてるよ」 「そうなんですか」 にこりと笑った楓は。 でもすぐにその笑みを削ぎ落として、真っ直ぐに俺を見つめる。 「この間は…申し訳ありませんでした。私、よく覚えていないんですが…藤沢様に、なにか失礼なことしませんでしたか?」 「ううん、大丈夫だったよ」 不安げに揺れる瞳を見返しながら、微笑みを張り付けて首を横に振る。 「身体は?もう、大丈夫なの?」 聞きたいことは山のようにあるけれど、今はそれを聞いてもいい時なのかわからなかったから、当たり障りのないことを訊ねると。 「はい」 楓は簡潔にそれだけを言って。 なにか言いたげに、じっと俺を見つめた。 「柊、さん…?」 その眼差しの意味を、図りかねて。 俺も静かにその黒翡翠の瞳を見つめていると。 楓の唇が、微かに震えた。 「…藤沢様…今夜、空いてますか…?」 「え…?」 「アフター…受けてもらえませんか…?」 思いもかけない言葉に、一瞬頭が真っ白になった。 「それって…」 過度なボディータッチが禁止されてるこの店で 唯一ホストに触れられるシステム 亮一が何度お願いしても 一度も首を縦に振ってくれたことないって嘆いてた それを、βである俺に…? どうして…? 不意に、この間の艶やかな楓の姿が脳裏に浮かび上がる。 あの時… 俺は本気で君を抱こうとした 本当は 君が欲しくて欲しくて堪らないんだ 「…いいの?俺で」 βの俺で、いいの…? 確かめるように問うと、目を伏せて小さく頷く。 そうして、ベストの胸ポケットから一枚のカードを取り出して、俺に差し出してきた。 そこにはホテルの名前とルームナンバーが書かれていた。 「これ…」 「…そこで、待っててください。…亮一さんには、御内密に…」 驚いて、もう一度表情を伺ったけど。 楓は俯いたままで、その真意を図ることは出来なかった。

ともだちにシェアしよう!