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小夜啼鳥(ナイチンゲール)28 side春海
その後、亮一はすぐに戻ってきたけれど。
今度は楓が次のテーブルに呼ばれて、すぐにいなくなってしまい。
ふて腐れた亮一に付き合わされて飲み直すために入った居酒屋で、閉店まで付き合わされた。
泥酔した亮一をタクシーにぶちこみ、自宅の住所を告げて。
慌ててホテルへ向かったのは、もう午前一時を回った頃だった。
せっかく誘ってくれたのに、こんなに遅くなって怒って帰ってるんじゃないかと、冷や汗を搔きながら指定された部屋のドアにカードキーを差し込み、開くと。
中は明かりが点いていて、誰かの話し声のようなものが微かに聞こえた。
「柊、さん…?いる…?」
恐る恐る奥へと足を踏み入れると、楓はソファに座って、ぼんやりとテレビを見ている。
「遅くなってすみません」
声を掛けると、弾かれたように振り向いて。
ふんわりと微笑んだ。
「…遅かったね」
「ごめん。亮一が、あなたに振られたのがよっぽど悲しかったみたいで…なかなか放してくれなかった」
「振られた?」
「すぐに、他のテーブルに行っちゃったでしょう?」
「あぁ…仕方ないよ。あの人、うちの店ではかなり上客だから。一族の後継争いに嫌気が差して、財産は全部使いきってやる!って言って、高い酒バンバン入れてくれるの。俺たちのこと、孫みたいに思ってるらしくて、やらしいことしてこないし。いいお客さんなんだよ」
「へぇ…そうなんだ」
「だから、ごめんね」
「いや、俺は別に。亮一が子どもなだけ」
「ふふふっ…まぁ、確かにあの人って見かけに拠らず、ちょっと子どもっぽいところあるよね」
会話をしながら、軽い違和感を感じる。
考えて、その正体にすぐに気付いた。
言葉遣いだ。
そして、雰囲気も…。
あの店にいるときとは、まるで違う
まるで
昔に戻ったみたいな……
「突っ立ってないで、座んなよ。なんか飲む?俺、ホットココア作るけど」
テレビを消して立ち上がった楓は、Tシャツとジーンズというラフなスタイルで。
それがさらに、俺の意識を昔へと引き摺り戻してしまう。
「ん?どうかした?」
つい、昔の姿を重ねて見ていた俺に、楓は不思議そうに首を傾げた。
「あ、ううん、なんでもっ…」
「ホットココア、イヤ?お酒の方がいい?」
「いや、お酒はもう勘弁…」
「ふふふっ…そんなに飲まされたの?」
「そもそも俺、そんな酒強くないから…」
「そうだね。今日も薄目の水割りだったしね。じゃあ、ココアでいいよね?」
なぜか楽しげにそう言って。
ポットへと水を入れ、スイッチを押した。
すぐにお湯が温まる音が聞こえてきて、その間にスティックに入った粉末をカップへ入れるのを横目に見ながら、ソファに腰かける。
夜中にココアかぁ…
そういえば、昔から甘いもの好きだったよなぁ
楓がβだと思ってたときには
二人でスイーツバイキングに行ったこともあったっけ
あの時の楓
本当に可愛かった
可愛くて愛おしくて
我慢できなくなって告白したんだった
楓、びっくりしてたけど
でもちゃんと俺の告白受け入れてくれて
なのに
楓は本当はΩで
蓮の運命の番で
なのに、二人は……
「はい、春くんどうぞ」
思考の泉に溺れてたから、一瞬気付かなかった。
「ありがと」
それを受け取って。
はたと気が付く。
今、『春くん』って…
思わず、楓を振り仰いだ。
「…楓…?」
恐る恐る、その名を口にすると。
楓は、美しくも儚い笑みを浮かべて、小さく頷いた。
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