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小夜啼鳥(ナイチンゲール)31 side春海

微笑む楓を、まっすぐに見つめ返しながら。 俺は必死に楓の本当の心を探ろうとしていた。 『俺みたいなの』 『アバズレ』 『野良のΩ』 君はわざと自分を貶める言葉を口にしている それはなんのためなのか… 「…春、くん…」 のめり込むようにじっと見つめていると、仮面が外れたように、笑みが剥がれ落ちて。 怯んだように、瞳が揺れる。 その瞳の奧に。 微かにだけど 俺の知ってる楓の姿が見えた 「…楓…」 思わず手を伸ばすと、びくっと後ずさって。 「…やめて。そんな目で見ないでよ」 逃げるように、顔を背けたその肩は微かに震えている。 その姿に 出会ったばかりの幼い日を思い出す 見知らぬ大勢の人のなかに放り込まれて ビクビクと震えていた小学校の入学式 幼稚園に通ったことすらなかった君は 大勢の人間の中にいるという経験自体初めてで その姿は たくさんの大鷲の群れのなかに放り出された 小さな幼い鳥のようだった 淫乱な娼婦の仮面の下にいるのは あの時の君だ ああ、そうか… そうだったのか 『柊』という名前も この別人のような姿も 全ては君の鎧 出生の秘密 愛する人との子どもを無理やり奪われた苦しみ 運命の相手と引き離された哀しみ その後の俺の知らない10年の間も どれだけの苦難が君を襲ったことだろう その全てを 君はたったひとりで受け止めなければならなかった 『蓮』という盾を失った君はきっと 自分で鎧を纏うしかなかったんだ 本当の自分を、守るために 「…わかったよ」 「…え…?」 「君の、望む通りにする」 でも 「だから…もう、無理しなくていいから」 「…春、くん…?」 もう、その鎧を脱いでいいんだ 今度こそ俺が守るから 「俺の前では、なにも取り繕わなくていい。わかってるから」 「な、に…を…」 「…10年間、辛かったね」 その瞬間。 ひくっと楓の喉が鳴って。 これ以上ないくらい、その黒翡翠の瞳が大きく見開かれた。 「ひとりで、よくがんばったね。だからもう、ひとりでがんばらなくていいんだ。もう、ひとりぼっちで戦わなくていい。俺でよければ、傍にいるから」 一言ずつ、言い聞かせるようにゆっくりと言葉を紡ぐと。 俺を見つめる瞳の縁に、みるみるうちに涙が迫り上がってきて。 それが大粒の涙となり、後から後から溢れ、頬を流れ落ちていく。 「はる、くっ…」 「もう…『楓』に戻っていいんだよ…今度は俺が、君を守る盾になるから。頼りないかもしれないけどね」 手を伸ばし、指先で涙を拭う。 そのまま頭を引き寄せて、腕の中に抱き締める。 「あ…ぁ…ぁ……」 「いいよ…思いっきり、泣いていい」 そっと頭を撫でてやると、突然ぎゅうっと背中にしがみついてきて。 「あぁぁぁぁっっ…!」 堰を切ったように、大声を上げて泣き出した。 その心に降り積もった哀しみを全てを吐き出させるために、何度も何度も背中を擦る。 「あぁぁっ…わぁぁぁぁっ…」 楓の涙が尽きるまで 俺はずっとその背中を擦り続けた

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