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小夜啼鳥(ナイチンゲール)34 side志摩

「志摩。お店に行く前に、ちょっと診療所に寄って行こうと思うんだけど、一緒に行ってくれる?」 お腹いっぱいになって、少し昼寝して。 起きてきたら、柊さんはもう出かける支度をしてた。 「え…診療所に?…もしかして、やっぱあいつになんか…!」 「違うから」 柊さんが自分から診療所に行くなんて言うの、初めてで。 やっぱりあいつに酷いことされたんだろうって言いかけた僕を、柊さんは苦笑いしながら遮る。 「ちょっと、那智さんに話があってさ。志摩にも、聞いておいてもらいたいし」 そう言った表情は、清々しささえ感じさせるくらい、とても穏やかで。 「あ…うん。わかった」 そんなに悪い話じゃないのかな、となんとなく思いながら、急いで着替えて、柊さんと連れ立ってマンションを出る。 本当は、昨日の夜、あいつとどんな風に過ごしていたのか、聞いてみたかったけど。 話を聞いたら、またあいつに腹が立ちそうだったし。 だけど、僕が怒ってなんか言うたび、柊さんはあいつを庇って困った顔するから、きっとまた困らせてしまうし。 そんな柊さんの顔、見たくないし…。 葛藤した挙げ句、診療所に着くまでの短い時間、当たり障りのない天気の話をして歩いた。 診療所はお昼休憩の時間で、誉先生とオーナーは遅いお昼ごはん中。 「なんだ?藤沢さまと、なんかあったのか?」 突然訪れた僕たちに、オーナーは唇の端にごはん粒を付けたまま、首を捻った。 「那智。ごはん粒、ついてるよ」 誉先生が、そのごはん粒を摘まんで、躊躇なく自分の口に放り込む。 オーナーは、恥ずかしそうにほんのり頬を赤く染めたけど、知らんぷりして僕たちの方を向いたままで。 「…違うから。ちょっとね、大事な話があるんだ」 柊さんは、そんな二人を見て楽しそうにクスクス笑いながら、首を振った。 那智さんは、柊さんを観察するようにじーっと見つめて。 1/3ほど残ってた親子丼を一気に口の中にかけ込むと、コップの水を一気に飲み干して、僕たちの方に身体ごと向き直る。 「で?なんだ、話って」 ちょっと怖いくらいの真剣な眼差しで見つめる那智さんに、穏やかな微笑みを返して。 「これ…お願いします」 柊さんは、白い封筒を差し出した。 そこに書いてある文字に 頭が真っ白になる 「…なんだ、これは」 オーナーの眉がぐっと真ん中に寄る。 書かれていたのは、『辞表』の文字。 「この間のことなら、おまえが責任感じることじゃねぇ。あんなのは、事故だ」 「…違うよ。そうじゃない」 ため息を吐きつつ、呆れた声でそう言ったオーナーに、柊さんは笑顔のまま、首を横に振る。 「は?じゃあ、なんの冗談だ?」 「冗談でもないよ。本気だ。お店、辞めさせてください。お願いします」

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