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小夜啼鳥(ナイチンゲール)35 side志摩

絞め殺しそうなくらい怖い目で柊さんを睨むオーナーと。 それを気にする風でもなく、柔らかな笑みを湛え続けている柊さんと。 見てるこっちが押し潰されそうなほどの沈黙が二人の間に流れるのを、息を詰めて見つめるしかなかった。 助けを求めるように誉先生に視線を送っても、首を竦めて「無駄だよ」って無言のサインを送ってくるだけ。 どうなっちゃうんだろ… っていうか、辞めるなんて突然どうして… 動揺でバクバクと大きな音を立てる胸を、ぎゅっと抑えながら見守っていると。 オーナーが、突然大きく息を吐き出した。 「俺の納得する理由を提示しなきゃ、受理できねぇ」 すっごく硬い声でそう言って、封筒を握ったままの柊さんの手を、押し戻す。 「店辞めて、どうするつもりだ」 「…藤沢さまと、一緒になる」 「ええっ!?」 思ってもみなかった答えに、思わず声をあげてしまった。 オーナーの眉間のシワも、ぐっと深くなる。 「なんで、急にそんなことになった?斎藤先生はどうするんだ」 「先生には、はっきりとお断りしたよ。俺は、あの人の番になれるような人間じゃない」 淡々と話す柊さんの表情は、なんだか晴れ晴れとして見えて。 なんでそんな顔をするのか、僕には全然わからなかった。 だって二人 あんなに良い雰囲気だったのに… 「だから、あの人?あの人なら、おまえを救ってくれるってか?βの、あの人が?」 「そんなこと、思ってない。俺は、誰かに救ってもらおうなんて考えたことはないよ。俺の罪は、俺だけで背負っていくものだから」 柊さんの言ってることが、よくわからない。 罪? 罪って、なに? 柊さん、なんか悪いことしたの…? 「…じゃあ、なんで藤沢さまを選ぶ?斎藤先生の番にならないと決めたって、それが藤沢さまを選ぶことにはならないだろ」 ふーっと深く何度も息を吐きながら、オーナーが訊ねる。 それは込み上げる怒りを、必死に抑えようとしているようにも見えた。 「…俺の生きる意味を、彼が与えてくれるから」 「は…?」 「ずっと探してた俺の生きている意味…それを、彼なら与えてくれる」 そんなオーナーとは対照的に、柊さんは微笑んでいる。 それは、憑き物が全て落ちたような、スッキリとした清々しい笑み。 僕は、ますます混乱した。 「生きる意味って…なんのことだ?」 オーナーが問いかけるけど、柊さんは微笑んでいるだけで。 しばらく待ってもその答えは返ってこない。 「それは、藤沢さまのところでしか、与えられないもんなのか?」 「…うん」 質問を変えると、静かに頷いた。 「彼の傍でないと、ダメなんだ」 言い切った柊さんからは、潔い強さがひしひしと感じられて。 その迷いのない眼差しに、もう柊さんの心は決まってしまっているんだと痛いほどに伝わってきた。

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