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小夜啼鳥(ナイチンゲール)36 side志摩
ぎゅーっと胸が痛くなった。
二人はまた、しばらく無言で視線を交わしていたけれど。
先に、ふいっとオーナーが目を逸らした。
「…おまえは、バカだ。底抜けの大バカだ」
「…那智さん…」
「なんで、自分で不幸を背負い込もうとするんだ。手を伸ばせば、いくらだって幸せを掴めるはずなのに」
「…ごめん」
「許さねぇ。勝手に不幸になって、勝手にどっかで野垂れ死にすりゃいいだろっ!バカがっ!」
まるで吐き捨てるようにそう言って。
引ったくるように白い封筒を受け取り、くるりと背を向けると。
足早にその場を離れ、奥の部屋のドアを乱暴に開けて、その向こう側へと消えてしまった。
そのヒドイ言い方に、僕が言われたわけじゃないのにヒドイショックを受けていると、誉先生が大きな溜め息を吐いて。
柊さんと僕の頭を、ポンポンと優しく撫でる。
「ごめんね。今のは那智の本心じゃないよ。それは、わかってくれ」
「でも…あんな言い方ってないです。あんなヒドイ言い方…そりゃ、僕だってショックですけど…」
俯いて、黙り込んでしまった柊さんの代わりに、僕がそう言うと。
先生は、僕の髪の毛をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。
「わぁっ…なにするんですかっ…」
「志摩は、本当にいいこだねぇ」
「そ、そんなことっ…」
「…君くらいの素直さがちょっとでもあれば、おまえももう少し生きやすいだろうに」
言いながら、柊さんへと視線を向ける。
「…ごめんなさい、誉さん…」
さっきまでの微笑みを消して、柊さんが頭を下げると。
先生はさっき僕にしたように、柊さんの髪をかき混ぜた。
「…あいつにもいたんだよ。…運命の番が」
「えっ…」
柊さんが、弾かれたように顔を上げる。
僕は、びっくりして二人の顔を交互に見つめた。
あいつにもって…
「番になろうと約束した矢先、組の抗争に巻き込まれて死んだ…そう、聞いてる」
「…そう、です、か…」
「だから、きっと歯痒いんだろうと思う。運命の相手が生きて、この世界にいるのに、そこから目を背けるおまえのことが」
「っ…誉さんっ…俺はっ…」
「うん。わかってるよ。柊には柊の苦しみがあって、今の生き方を選んだこと」
「…っ…」
その瞬間、ぐにゃっと柊さんの表情が歪んで。
肩が大きく震えたと思ったら、大粒の涙が頬を流れ落ちていく。
「柊がそう決めたんなら、迷わずに進めば良い。俺は、応援するから」
誉先生の大きな手が、いいこいいこってするみたいに、柊さんの頭を撫でて。
ぐしゃぐしゃになった髪を、今度は整える。
「藤沢さまの家は、日本トップの製薬会社だし。新しい抑制剤を開発中だって話だから、もしかしたら誰よりも早くその薬をもらえるかもしれないしね。薬が効きさえすれば、βの彼と一緒にいても肉体的な苦痛は感じないで生きられるよ」
そうしながら、先生は僕を安心させるようにそう言って。
「でも…苦しくなったら、いつでも帰っておいで?俺も那智も、店のみんなも、おまえのことを思ってる。みんな、おまえの家族みたいなもんだから。ね?志摩」
同意を求めるように、パチンと片目でウインクをした。
「うん!もちろんっ!」
首がもげるくらい、ブンブンと縦に振る。
「あいつに泣かされたら、僕が殴り込みに行きますからっ!」
見様見真似でシャドーボクシングをしてみせると。
柊さんは泣きながら笑って、僕を抱き締めた。
「ありがとう、志摩…ありがとう、誉さん…」
「…幸せに、なるんだよ。絶対に」
そんな柊さんを、誉先生が僕ごと抱き締めて。
「…はい…」
いつまでも止まらない涙が、僕の頬までも濡らした。
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