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猿喰鷲(さるくいわし)2 side蓮
大臣を連れて館内を一通り案内し、二人で庭へと出た。
「これは、美しいな」
色とりどりの花が咲き誇る庭をゆっくりと歩きながら、大臣が目を細める。
「ええ。ガーデニングプランナーの有田稔さんにプロデュースしてもらった、当ホテルの渾身の庭です。一年中花が絶えない設計になっています」
「なるほど」
「この庭の下はシェルターになっていまして、災害時には200人程度の人を一週間収容できます」
「…自分達の利益だけを考えているわけではない、ということか」
「はい。これからの時代は、自社の利益のみを追及する会社は生き残れない。社会貢献してこそ、お客様に選んでもらえる。私は、そう考えます」
「それには、僕も同意する」
ニヤリと、嬉しそうに笑って。
大きく、息を吸い込んだ。
「…いい匂いがするな。…梔子 の、匂いが」
「ええ。この庭は、梔子の木をメインとして作ってもらってますので」
「それは、なぜ?」
まさか、そんなところに食いついて来るとは予想しておらず。
一瞬、言葉に詰まる。
「…私が、梔子の匂いが好きなんです」
それは
どんなに時が経っても色褪せない
誰よりも愛する人の香り
「そんな個人的な嗜好で、と呆れられますか?」
「…いや、そんなことはない。僕も、この匂いが大好きだ」
自嘲するように微笑んで見せると、大臣は首を横に振って。
ふと、なにかを考えるように視線を宙に向けた。
「…名前…」
「え?」
「このホテルの名前は、コンチネンタルメープルホテル東京、だったね?」
「ええ」
「…この名前は、君が?」
「はい。本来であれば、菊池の名前を入れるべきだとは思ったんですが…社長に無理言って、我が儘を通させてもらいました」
おまえの名前のついた、このホテルと
おまえの香りに溢れた、この庭
この世界のどこかにいるおまえが
いつかここを訪れる日が来てくれるといいと
そんな細やかな願いを込めた場所
俺たちが運命ならば
いつか必ず巡り遇えると信じているから
「…なるほど」
なにが「なるほど」なのか、俺にはよくわからなかったが。
大臣はなにかを納得したように、小さく頷いた。
「この先には、なにが?」
そうして、今立っている道の先に生い茂る木々に、目先を向ける。
「この先にも、なにかあるんだろう?」
「申し訳ありません。この先は…」
一歩、足を踏み出したその手首を、掴んで止めた。
「この先にも一つ宿泊棟がありますが、そちらはΩ専用の建物ですので、大臣のようなαの方は近付くことは禁止させていただいております。ですので、申し訳ありませんが、この先の立ち入りはお断りいたします」
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