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猿喰鷲(さるくいわし)3 side蓮
大臣は、くいっと片眉を上げながら、興味深げな眼差しを、俺に向ける。
「ほう…Ω専用棟か。それは珍しい」
「中は御覧いただけませんが、室内の作りやアメニティなどは、本館と全く同じものを用意しております。そして、Ω用シェルターも」
「…Ω用シェルター?」
「はい。街中でΩが予期せぬヒートに襲われたときに、緊急避難用に使える部屋です。数は多くはありませんが、ヒートが治まるまでは無料で滞在してもらうことが出来ます」
「それは、素晴らしい」
「万が一の事故も起こらないよう、本館や近隣の施設からは建物自体を見ることが出来ないように設計してありますし、あの棟に関しては総責任者は私ではなく、βである副支配人の成松和哉です。αの私は、あの棟に関しての権限は一切持ちません。従業員もΩ性の者だけを採用していますので、お客さまには安心して宿泊していただけるかと」
「…なかなか、徹底しているね」
唸るように言いながら、ほう、と感心したような吐息を吐いた。
「本館の方でも、Ω性の従業員がいると聞いたが?」
「はい。抑制剤の効果が高く、本人が希望すれば、という条件付きではありますが。本来であれば、そういった条件をつけずにやる気のある人材を平等に採用したいのですが、どんなに気を付けていても事故というものは起こるものですから…それによって傷付くのは、立場の弱いΩ性の方です。回避するために条件をつけるのは、現状では致し方ありません」
言いながら、過去の傷が胸の奥で疼く。
あの時もそうだった
抑えられていると思っていた
薬を飲みさえしていれば
あいつはβとして生きられるのだと
でも
俺の判断ミスのせいで
あいつの心に深い傷を残してしまった
あの時の楓の慟哭の声は
今でも耳の奥の一番深いところに
こびりついて離れない
「…君は、αなのにずいぶんとΩについて理解があるんだな。だが、そんなにΩに肩入れした考えでは、他のαやβの従業員から不満が出るんじゃないのか?不平等だと」
「不平等、ね…」
耳にタコが出来そうなくらい、聞き飽きた言葉に。
思わず笑いが零れてしまった。
「なぜ、笑う?」
「私は、二年前に日本に戻ってきましたが、その『不平等』という言葉には、違和感しかありません。そもそも、この国の大多数の人間が求める平等とは、全てにおいて等しい、ということですよね?」
「…ああ。それがどうした?」
「性別が違えば、身体の仕組みや役割も違う。なのに、αやβは自分達と同じものをΩに求める。相手の特性は認めずにね。それは平等とは言いませんよ。もし、Ωに対して自分達と同じように働けという者がいるのなら、俺はまず、おまえがヒート促進剤を打って、それを体験してから出直せと言ってやりたいですよ」
「…君は、実に面白い男だな」
ついヒートアップして、口調が荒くなってしまった俺を見つめていた大臣の瞳が、興味深げに煌めいて。
「君とは、もっとたくさん話をしてみたいが、そろそろ時間のようだ。…今日の仕事は、何時までかな?」
時計を確認しながら、俺の予定を聞いてくる。
つられて、左腕のブレスレットと並べて着けてある腕時計を見ると、レセプションの開始時間まであと15分に迫っていた。
「本日は、レセプションが終われば上がりです」
「では、仕事が終わり次第、僕の部屋へきたまえ。今後の日本の行く先について、ゆっくりと話し合おうじゃないか」
柔らかいが、拒否を許さぬ王のごとき言葉に、俺は一つ頷いた。
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