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猿喰鷲(さるくいわし)5 side蓮

部屋に入ると、テーブルの上には小さなオードブルとウイスキーグラスが2つ、すでに並べられていた。 「勝手にルームサービスを頼んでみたんだが、まさか下戸とか、言わないよね?」 「大丈夫です」 「僕の勝手なイメージだが、君は強そうだ」 「そうですか?まぁ、弱くはないと思いますが」 ウイスキーボトルを、見せつけるように持ち上げられて。 俺は笑いながら、向かい側に座った。 グラスを合わせ、乾杯し。 琥珀色のそれを一口飲んだ大臣は、楽しそうに瞳を煌めかせる。 「しかし、驚いたよ。君が、九条財閥の跡取りだったとは。でもまぁ、ある意味納得できた。その若さで、老成した経済人のような雰囲気を纏っているのはなぜなんだろうと、不思議に思っていたからね」 「…昔のことです。今は、ただのしがないホテルマンですよ」 揶揄うような視線から逃れるために、手元のグラスに視線を落とした。 「…なぜ、家を捨てた?」 「…そんなことを聞いて、どうするんです?あなたには、関係のないことだ」 警戒を露にするために、今までよりもワントーン低い声を出したけれど。 「そうだけどね。気になるじゃないか。…家を捨てられない、僕としてはね」 ひどく軽い言い方で、そう言われて。 思わず、顔を上げてしまった。 大臣は微笑みを浮かべながら、それでもどこか真面目な色を浮かべた瞳で、俺を見ている。 「僕の家は、α至上主義でね…父も母もα、祖父も祖母もα…右を見ても左を見てもαばかり…αじゃないと人間じゃないと真面目な顔で言うような、そんな家でね」 「…あなたの父親は確か、Ω保護政策を全面に出していたはずでは?」 「あんなのは建前さ。腹の中では、Ωなんて人間じゃない、子どもを生ませるためだけの奴隷だとでも、思っていただろうね」 父親のことを、冷めた声でそう話す大臣は、いつも身に纏っている柔らかいオーラを投げ捨てた、生身の斎藤伊織だと感じた。 「…だけど、俺を産んだのは、αの母じゃない。父が跡継ぎを産ませるためだけに連れてきた、Ωの女性なんだ」 感情を削ぎ落としたような、抑揚のない声。 「天皇家の血を引く旧華族の一人娘でαだった母は、父の縁談相手としては完璧な女性だった。だが、母には子宮がなく子どもを望むことが出来なかった。αの女性には、たまにあることなんだがね。母の家の力も欲しい、だが跡継ぎは必要だ。それで父が考えたのが、どこの誰とも知れないΩを連れてきて、αの子どもを産ませ、母にその子どもを与えることだったんだ」 だがその根底には、憎悪にも似た青白い炎が揺れている。

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