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猿喰鷲(さるくいわし)6 side蓮

衝撃的な話に、俺は相槌を打つことも出来ずに黙り込んだ。 九条の家もα至上主義ではあるし、実際父の代にはΩとして生まれた諒おじさんは軟禁状態で屋敷に閉じ込められていたという話も聞いたことがある。 だが、父は楓を愛し、俺たちと同じ教育を受けさせ、分け隔てなく育てていた。 俺や龍と同じ、一人の人間として。 Ωとは そこまで虐げられる存在なのか 「…軽蔑したかい?」 余程顔が強張っていたのだろう。 大臣は、俺を見て苦笑いを浮かべる。 「あ…いえ…」 「誤魔化さなくてもいい。軽蔑して当たり前の話だ。父も母も…そして、そのように生を受けた僕自身が、軽蔑されるべき存在だからな」 自嘲する言葉とともに、その瞳の奥の青白い怒りの炎が揺らめいた。 「…なら、どうして家を継いだんです?そんなに、憎んでいる、家を」 捨てることが出来ない、と言った。 だが、そこまで自分の気持ちがはっきりしているのに、出来ない理由がわからない。 これほどの男なら、家の後ろ楯なんかなくったって、自分の力で人生を切り開くことが出来るだろうに。 「…呪い、だよ」 俺の問いかけに。 薄く笑った。 「呪い…?」 「…あの人に、一度だけ会ったことがあってね…ああ、すまない。僕を産んだあの人の名前を知らないから、そう呼ぶしかないんだがね」 さらりと告げられた事実に、胸がちくりと痛む。 「敷地内に建てられた小さな離れに、あの人は軟禁されていた。僕は近付いてはいけないときつく言われていたんだが、子どもというのはダメだと言われれば言われるほど、見てみたくなるものだろう?だから、ほんの些細な好奇心だったんだ。格子の付いた窓から顔を覗かせたあの人は…嬉しそうに…僕を見て、本当に嬉しそうに笑ったんだ。愛しい、我が子…と…」 大臣は、苦いものを噛み潰したように、顔を歪めた。 「私の子だと…私が産んだ子が、ゆくゆくは斎藤家を継ぎ、日本を動かす政治家になるんだと…虚ろな、まるで夢を見ている少女のような眼差しで、譫言のように呟いていた。恐ろしくなった僕は、逃げ出して…二度と、離れに近付くことはなかった」 「…その人は、どうなったんです?」 「わからない。解放されたのか、死んだのか…知りたくもなかった。…最低だろう?」 「いえ…わかります…」 俺も 楓が実の弟だとわかったあの時 自分の罪深さに恐れ戦き 自らの存在自体に恐怖を抱いた あの衝撃は 一生忘れることはない 「…だが、あの時のあの人の言葉が、耳の奥にこびりついて離れなくてね…いつしか、家を継ぐことが自分の使命だと思い込むようになっていた。父と母に使い捨てにされた、あの哀れな人の望みを叶えることが、俺を産み落としてくれたあの人に報いる、ただ一つの方法なのだと」 胸の痛みに耐えきれず、俯いてしまった俺に構うことなく、大臣は淡々と話を進める。 「そうして、父の望む通りに生きて。でも、絶対に誰とも結婚はしないと誓った。僕の代でこの家を終わらせる…それが、僕に出来る最大の復讐だからだ。そう…思っていたのに…」 だが、そこまできて、急に声のトーンが変わった。 「…出会って、しまったんだ。家のことも、復讐のことも、どうでもよくなるほど…愛する、人に」

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