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猿喰鷲(さるくいわし)7 side蓮

「え…?」 突然、話の方向性が変わって。 思わず、訝しむ声が出てしまった。 「男Ωばかりのクラブでね。その混沌とした世界の中、彼は波一つ立たない静かな湖にたった一輪だけ咲く、芙蓉の花のようだった。気高くて美しくて…触れたら露となって消えそうなくらい、儚くて…でも、その佇まいとは裏腹に、心の中には凛とした強さを持った人だったよ。僕が想像も出来ないような辛い経験をしてきただろうに、少しも歪んだところのない、本当に強い人だった」 「は、ぁ…」 なんで急に、この人の恋の話を聞かされなきゃいけないのかと、少しの呆れを感じながらも、それを顔に出さないようにしながら、適当な相槌を打っていると。 不意に、刺さるような眼差しが、俺に向けられる。 「…そう。よく似ているな」 「え…?」 「彼は、君とよく似た目をしていたよ。どんなものにも穢されない、愚直なほどまっすぐで、強い瞳だ」 眼差しの強さに、一瞬怯みかけたけれど。 その奥に隠されたように見え隠れする、試すような色を見つけて。 負けないように、腹にぐっと力を入れ直した。 なんだ…? この人は、俺になにを言おうとしている…? 男Ωばかりのクラブで出会った男…? しかも、俺に似てるって… まさか 「…その人は、今…?」 探るように、その目の奥を覗き込みながら訊ねると。 ふ、と射るような眼差しが緩む。 「わからない。見事に、振られてしまったからね」 「振られた?あなたが?」 「そう。僕とは、番にはなれないと。自分には、運命の相手がいるから、とね。だからと諦めるつもりはなかったが、さすがにはっきりと断られたことがショックでね…忙しさにかまけて、しばらく店に顔を出せなかった間に、どこかの誰かに拐われてしまったよ。全く…情けないったらないな」 乾いた笑いを浮かべた大臣に、俺はなにも返すことが出来なかった。 頭の中で、その言葉がぐるぐると回る。 『運命の相手』 まさか…… 楓……… なのか………? 「…その…人の、名は…なんと…?」 唇が、勝手に震えた。 「…しゅう、だよ」 「しゅう…?」 「そう。(ひいらぎ)と書いて(しゅう)」 「…柊…」 けれど、大臣から出たのは期待した名ではなくて。 なんだ… 楓じゃないのか……… 一瞬だけ沸き上がった期待が、膨らんだ風船が萎むように色を失っていく。 だが、解き放ってしまった、閉じ込めていたはずの想いは、狂おしいまでの愛おしさで俺を満たし、縛っていくようで。 「…愛していたよ。彼を手に入れられるなら、なにもかも捨ててもいいと思うほどに。いや…今でも、愛している。たとえ永遠に届かなくても、この想いは一生消えることはないだろう」 愛している この想いは色褪せることなく むしろもっと強く確かな熱を持って 俺の一番大切な場所にある 楓…… おまえは今、どこにいる……?

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