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猿喰鷲(さるくいわし)10 side龍

数ヶ月ぶりに実家を訪ねると、見知らぬお手伝いさんが出迎えた。 …また、代わったのかよ… 「は、はじめまして、若様。先週からこちらで働かせてもらってます…」 「お父さんは?部屋ですか?」 名前なんて、聞いたところで覚える気なんてないから、名乗る前にわざと遮って靴を脱ぐと。 「あ、は、はいっ!先ほどお戻りになられました」 「そう。…邪魔」 目の前に突っ立ってる小太りの身体を、押し退ける。 「す、すみませんっ…」 そのまま廊下の奥にある父の部屋へ向かおうとすると、なぜかちょこちょこと後ろを付いてきた。 「す、すぐにお飲み物をお持ちします!若様は、コーヒーと紅茶、どちらがお好みですか?」 うるさいし ウザイ 「すぐに帰るから、どっちもいらない。ウザイから、あっちいって」 「す、すみません…」 振り向きもせず、手を振って追い払うと。 小さく泣きそうな声が聞こえたあと、気配が消えた。 思わず、大きな溜め息が漏れる。 小夜さんだったら なにも言わなくてもわかってくれたのに… かつての、居心地の良かった家の空気を思い出してしまい。 それを頭を振って追い払うと、一度深呼吸をして気持ちを整えてから、父の書斎のドアをノックした。 「龍か?」 「はい」 「入れ」 短いやり取りで、ドアを開くと。 正面の椅子に座って新聞を広げていたお父さんは、バサリと音を立ててそれを机の上に置いた。 「なぜ呼び出されたのか…わかっているな?」 「おかえりなさい」と言う前に、厳しい眼差しと厳しい声が向けられて。 開きかけた唇を、きゅっと引き結ぶ。 「…はい。わかっています」 「おまえに任せたはずの化粧品部門、この半年で急速に業績が悪化しているな」 「申し訳ありません。ですが、これは…」 「言い訳はいい。早急に改善案を提示しろ」 「…はい」 「この間みたいに、バカなリストラ案は持ってくるなよ?人件費をカットすればいいなんて、一番愚かな経営者がすることだぞ」 「…わかってます」 短い返事を繰り返す俺に、大仰な溜め息を吐いてみせた父は。 ふ、と乱雑に置いた新聞へと、視線を落とす。 そこに書かれているのは、今度東京に新しく出来たホテルの記事。 海外のVIPをもてなすこともできる高級ホテルでありながら、Ω専用棟を備えている、今までの日本ではありえなかったそのホテルの外観と。 その、総支配人の顔写真が載っている。 言われなくても、わかってる あんたは今、こう思ってるんだろ? 蓮だったら、こんなことにはならないのに と…

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