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猿喰鷲(さるくいわし)11 side龍

真っ黒くてドロドロとしたものが また俺の内側に流れ込んでくる もうとっくにいなくなったはずのあの人に 俺はいつまで苦しめられなければならないのか いっそ何もかも捨てて自由になれたら こんな惨めな嫉妬心からは解放されるのだろうか あの人のように 何もかも捨てられたのなら…… 兄さんのように生きられるのなら 「…だったら、呼び戻せばいいじゃないですか」 ひどく息苦しくて。 酸素を取り込むように、その言葉を吐いた。 「なに?」 「そんなに俺が気に入らないなら、兄さんを呼び戻せばいいじゃないですか。とっくに、日本には帰ってきてるんだから」 そう続けると、お父さんの眉間に深く皺が刻まれる。 「…なにを言ってるんだ、おまえは」 「お父さんが頭を下げれば、この家に戻ってくるんじゃないんですか?あんなに頑なにアメリカから戻ってこなかったのに、今日本にいるってことはそういうことなんでしょう?…ああ、寧ろそれを待ってるのかも。みんなの喝采を浴びながら、大手を振って九条に帰還すれば、さぞ気分がいいでしょうからね」 楓を探そうともせず 俺のことも家のことも放り出して 自分は好き勝手に生きてきたくせに なんで今さら…… ああ、そうか 自分は家の力なんてなくったってこれだけのことが出来るって 俺を見下し嘲笑うために帰ってきたのか 「…おまえは、本気でそんな馬鹿げたことを言っているのか?」 お父さんの声は、地を這うように低い。 怒りのオーラが、痛いほどに俺を突き刺す。 「…お父さんだって、俺みたいな出来損ないのαよりも、優秀過ぎるほど優秀なαの兄さんの方が、この家を任せるに相応しいと思っているじゃないですか」 口には出さなくても ふとした表情や仕草で事ある毎に俺と兄さんを比べていること 俺が気付いてないと思ってんの…? 「…おまえは、いつまでそんな子どもじみた下らないことを言っているつもりだ」 俺の言葉に、怒りに震える拳をぎゅっと抑え。 冷静を装った青い顔で深く息を吐いた。 「蓮のことは、とっくに切っている。やりたくないものを無理にやらせるつもりは、私にはない。たとえ、今さら九条に戻りたいと言ってきたとしても、それを許可するつもりは微塵もない。…まぁ、あれは死んでもそんなことは言ってこないだろうがな」 その冷たい声の裏側に、兄さんへの深い理解を感じて。 無意識に、唇を噛み締める。 「それに」 そんな俺を、父は鋭い眼差しで見つめて。 「九条の後継者は、おまえだ。誰がなんと言っても、おまえ以外に私の跡を継がせる気はない。おまえ以外に、任せられるものなどいない。おまえにはそれだけの才能と力があると、わかっているからだ。それは、これから先も変わることはない」 強い意思を乗せた言霊を、紡ぐ。 「だから、下らないことばかり考えず、おまえはビジネスのことだけを考えていたらいいんだ。いいな?」 その言葉が 身体が震えるほど嬉しかったなんて 認めたくなんか、ない

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