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猿喰鷲(さるくいわし)13 side龍

「瑠衣っ!瑠衣!いないのかっ!?」 自宅マンションのドアを開けると、中は真っ暗で。 微かに、瑠衣の纏っていたラベンダーに似たフェロモンの残り香が、鼻腔をくすぐった。 だけど。 「瑠衣っ!どこだっ!?」 リビングにも。 「瑠衣っ!」 寝室にも。 浴室にも。 トイレにも。 どこにも、その姿はなかった。 姿どころか、彼が着ていた服も。 お気に入りのくまのぬいぐるみも。 毛先の少し開いた歯ブラシも。 あいつがここにいたという痕跡は、なに一つ残っていなかった。 「…っ…くそっ…!」 なんで俺の許可なく 勝手に出ていったんだっ…! 最後にキッチンを覗くと、シンクの中にポツンと、瑠衣が使っていたマグカップが置いてあって。 「ふ、ざけんなっ…!」 感情のままに、それを掴みあげ、フローリングへ叩きつけると。 カップは一瞬にして粉々に砕け散った。 「…おまえまで…俺を独りにするのか…」 『…龍…』 誰…? 『龍…こっち…』 その声は…… 楓……? 『こっち…ねぇ、早く来て…』 楓っ… 生きてたんだね… よかった…… 俺、ずっと謝りたくて… 『…龍…』 あの時酷いことしたこと 心から謝りたくて…… 『…ねぇ…これ、見て…?』 なに…? 赤い…塊…? 『なにか、わかる…?』 これは…… 『…あの時、龍が殺した俺と蓮くんの赤ちゃんだよ』 楓っ…… 『かわいそうでしょう…?ずっと泣いてるの…さみしいって、ずっとずっと泣いてるの…』 ゆる、して… 『かわいそうでしょう…?』 お願い… 許してくれ…… 『だから…抱いてあげて…?』 それはっ… 『俺はもう抱いてあげられないから…龍が代わりに抱いてあげて…?』 許してくれっ… 俺はっ……… 『……絶対に、許さないから』 「楓っ…!」 飛び起きると、辺りはまだ真っ暗で。 物音ひとつしない、ひとりっきりの部屋の中。 自分の荒い呼吸の音だけが響いていた。 「…夢…か…」 額から流れ落ちる大量の汗と。 目から零れ落ちる涙を、腕でぐいっと拭って。 ベッドを降り、汗に濡れて肌に張り付いているTシャツを脱ぎ捨てる。 両手を見ると、小刻みに震えていて。 まだ感触が残ってる 小さな でもずっしりと重みを感じる塊と ぬるりと滑る 血の感じ 夢の中のことのはずなのに どうしてこんなにもリアルな感触が残っているのか…… 「っ…ごめ…」 両手を、力の限り握り締め。 崩れるように、その場に踞った。 「ごめん…ごめん、楓…ごめん…ごめんなさい…」 許されるはずがない そんなことわかっているけれど 「ごめんなさい…ごめんなさい…」 楓には、決して届かない言葉を。 後悔に濡れる涙とともに、俺はいつまでも繰り返した。

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