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猿喰鷲(さるくいわし)17 side龍
「…なにが、そんなに嬉しいんだ?」
俺がワイングラスを傾けるのを、やたらにこにこしながら見つめている志摩に、問いかけると。
はっとした顔になり、恥ずかしそうに頬を染めて、視線を泳がせた。
「す、すみませんっ…不躾なことを…」
「人が酒を飲んでるのが、そんなに面白いのか?」
「ち、違いますっ!その…」
言葉を一度呑み込んで、逡巡する様子を見せて。
少し照れ臭そうに、ふわりと笑ったその表情に。
ドキリとした。
え…?
「…実は僕、指名していただくの久しぶりで…すっごく嬉しいんです」
なんだ…?
今、一瞬
こいつが楓に見えた
全然似てないのに……
「そう、か…じゃあ俺は、貧乏くじを引いてしまったってことか」
動揺を隠すために、わざとキツイ言い方をしてみれば。
一瞬で、傷付いた色が大きな瞳一杯に広がる。
「あ…あはは…そうかも、しれませんね」
なのに、笑って。
嫌な思いしてるはずなのに、笑って。
そんな姿にも
あいつの面影が重なって…
「冗談だ。悪い、嫌な言い方をした」
沸き上がった罪悪感に、素直に頭を下げると。
「…いえ。お気になさらず。僕がホストとして半人前なのは、事実ですから」
志摩はまた、笑った。
「僕、高校も出てないし、勉強苦手で教養もないから、皆さんのお話についていけないことが多くて…だから、今はまだ修行中なんです」
「高校出てないって…なぜ?」
思わず問い返すと、微笑むだけで答えない。
その顔を見て、ハッとした。
楓だってそうじゃないか
こいつはΩなんだ
「…すまない」
「あ、いえっ!九条様が謝ることはないです!…全部、仕方のないことですから…」
そう言って。
また穏やかに笑う。
楓も…
もし生きていたら
こんな風に笑ったんだろうか…
全部仕方のないことだと
あいつなら、きっとそう言うだろう
悪いのは俺なのに…
なんて
今日の俺はおかしい
なんでこんなに楓のことを思い出すんだろう…?
それは…
「あの…ピアノ…」
「え?」
「ショパンの、ノクターン…あれは…」
どう訊ねればいいのかわからず、モゴモゴと口ごもると。
「大好きな人に、教えてもらったんです」
志摩が、先に答えた。
野に咲く小さな可愛らしい花が
ふわりと開くように微笑んで
「大好きな、人…?」
「はい。昔、このお店にいた人なんですけど、とっても綺麗で気高くて。人にはとても優しくて。でも、自分のことはちっとも大事にしてくれないんです。…今は、幸せになってくれてるといいんですけど…」
「…そうか」
その人のことを語る志摩は、なぜかとても幸せそうで。
でも、少し寂しそうで。
「…いつか、また会えるといいな。その人に」
柄にもなく、そんなことを言ってしまった。
志摩は、びっくりしたように目を丸くして。
それから、また花が咲いたように微笑む。
どこか
楓に似たような面影を写して
「はい。いつか、また会いたいです」
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