209 / 566
歌詠鳥(うたよみどり)4 side春海
「やっぱ、ここの数値が高いよな」
「そうですね。だったら、もう一個の試薬の方が効果を
期待できるかもしれませんね」
楓の血液を分析しながら、時計を確認する。
亮一と楓が別室に入ってから、もう3時間が経過していた。
その間
ずっと楓は亮一に抱かれてるんだよな…
わかりきったことなのに、また胸が痛む。
「…大丈夫?藤沢くん」
思わず、胸に手を当てた俺に、馬路が労るような目を向けた。
「な、なにがですか?大丈夫ですよ、全然!」
「そう?全然、大丈夫そうじゃないけど」
空元気で返事したけど、馬路は呆れたように肩を竦める。
「こんな治験やっといて、こんなこと言うのなんだけど…藤沢くんってさ。ヒメちゃんのこと、本気で好きでしょ?なのに、いいの?こんなことさせて」
予想もつかなかったことを聞かれて。
答えに詰まる。
研究にしか興味なさそうな馬路が、そんな人間じみたことを言うなんて、思ってもなかった。
「俺はぶっちゃけ、Ωの生態には興味あるけど、Ωそのものには興味ないからさぁ…βの藤沢くんとΩのヒメちゃんが一緒にいることに、特段疑問も感じてなかったんだけど。普通に考えたら、αの人と一緒にいるのがヒメちゃんにとってはベストだよねぇ?特に、あんなにヒートが重いんじゃ、藤沢くんじゃどうにもなんないだろうし…」
「…わかってます」
そんなこと
痛いほどわかりきってるよ
俺じゃ
楓を救えないってこと
「でも…ヒメは、αなら誰でもいいわけじゃないんです。…たった一人のαじゃないと、ヒメは救われない」
「へぇ…それは、なんで?」
「…ヒメには、運命の番がいるんです」
「それはっ…」
馬路が、思わずという感じで椅子から腰を浮かせた。
「運命の番かぁ!興味あったんだけど、今まで一度も症例に出会ったことなかったんだよな!都市伝説じゃないかと思ってたくらいだよ!いいなぁ~、それ、研究してみたいなぁ~。その、ヒメちゃんの運命の相手、藤沢くんの知ってる人なの!?」
「…えぇ、まぁ…」
「だったら、ここに連れてきてよ!俺たちで、その仕組みを解明しよう!」
「え…いや、でも…」
「春海。ヒメ、落ち着いたぞ」
ぐいぐい迫る馬路を、どうやって躱そうか考えあぐねていると。
助け船を出してくれるように、亮一が現れた。
「あー、先生お疲れさまでーす。ヒメちゃん、すぐ次の治験いけそうですか?」
「無理に決まってんだろ。発情誘発剤が一旦抜けるまで、待ってろ」
「はーい。あ、その間に調べてみようかなぁ、運命の番のこと。確か、他のΩの血液サンプルがここにあったはず…」
やたらイキイキしだした馬路を横目に見て。
「春海。俺、喉乾いたからちょっと付き合え」
亮一は俺に顎をしゃくって廊下を差すと、気だるげな空気を纏ったまま、部屋を出た。
ともだちにシェアしよう!