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歌詠鳥(うたよみどり)5 side春海
「おまえ、バカか。あのマッドサイエンティストに運命の番のことなんか話したら、ますますヒメに執着するだろうが」
使っていない会議室で、買ってきた缶コーヒーを飲みながら。
亮一は俺の脇腹に軽いジャブを入れてきた。
「う、うん。ごめん。つい…」
「はぁ…ま、おまえはその、嘘のつけないバカ正直なところが、いいんだけどな。ヒメも、たぶんそこが気に入っておまえの傍にいるんだろうし」
「え、そうなの?」
「そうだろ。あいつ、今まで他人の思惑に翻弄され続ける人生だったんだろうからさ…おまえの裏表のない真っ直ぐな心根に、安心するんだと思うわ」
「そっ、か…」
誉められて嬉しいはずなんだけど、俺より亮一のほうが楓のことわかってるみたいで、なんだかちょっと複雑だ。
「でも、ま。それも時と場合に依り、だ。絶対、ヒメの運命の番を、馬路のところに連れてくるんじゃねぇぞ」
「わかってるよ…それに…」
「それに?」
「ヒメ…楓は、あいつには会いたくないって言うから…」
「あいつって…蓮くん、か?」
「え?」
びっくりして、亮一の顔をまじまじと見てしまう。
なんで、蓮の名前を…
「…ヒメがな、いつも泣きながら呼ぶんだよ。蓮くん、蓮くん、助けて…ってな」
「え…?それ、ホント…?」
「ああ。ヒートの時は、理性なんかぶっ飛んで、本能が剥き出しになるからな。つまり、それがヒメ…楓の、本心なんだろ」
『蓮くんには、絶対に俺がここにいることを言わないで』
何度も何度も
楓は俺にそう言った
だから
君の願う通りに俺は蓮に楓のことは話していない
それが楓との約束だったからだ
でもやっぱり
君が心の底から望む相手は蓮だけ…
楓
君は本当はどうしたいの…?
いいの?
このまま蓮に会わなくても
本当に後悔しないの…?
黙り込んでしまった俺に、溜め息をついて。
亮一はスマホを取り出すと、俺が昨日アップした楓の動画を再生する。
「…これ、いい曲だよな」
「え…あ、うん」
「ピアノが上手いことは知ってたけど、作曲までするとは知らなかった」
「最近ね。頻繁に誘発剤を使う弊害で、本来のヒートの間隔が狂っちゃってて、いつヒートが来るかわかんないから、外にあんまり出かけらんないじゃん?家でピアノ弾いてることくらいしか楽しみがないからさ。やってみればって、俺が提案したの」
「…そうか」
「…うん…」
「で?おまえはそれを、ヒメに内緒でこんなところに投稿して?なにしようと思ってるんだよ」
俺が動画をアップする理由
それは
「…待ってるんだ…」
「待ってる?誰を?」
俺は
楓との約束は破らない
でもヒントを出すくらいはいいでしょう?
本当に運命の番なら
自力で辿り着いてみせてよ
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