213 / 566

歌詠鳥(うたよみどり)8 side蓮

「でねでね!よぞらにはばたくしっこくのつばさ!プリティアーブラック!ってへんしんするの!」 「へぇ~、かっこいいね」 「うん。ブラックはかっこいいの!ホワイトは、かわいいんだよ!」 「そうなんだ?じゃあ、お兄さんも今度見てみるね?」 「すみません…。みーたん、そろそろおしまいにしよ?お兄さんも、お仕事あるだろうし…」 「えーっ!やだぁ!みーたん、もっとおにいさんとおはなしするー!」 「はははっ…いいよ。お兄さん、今日はお仕事お休みで、ヒメちゃんに会えないかなって思って、ここにきただけだから」 なぜか、俺はこの小さなレディーにいたく気に入られたらしく。 離れたくないと駄々をこねられ、結局近くのカフェに一緒に入ることになった。 「本当にすみません…美弥のわがままに付き合っていただいて…」 「いえ、いいんですよ。今日は本当になんの予定もなかったので」 アイスクリームを無心に頬張る姿に、知らず頬が緩む。 今まで、幼い子を可愛いと思ったことは殆どなかったのに、美弥ちゃんに懐かれたことは、俺に想定外の喜びを与えてくれた。 もしも あのまま楓とずっと一緒にいられたとしたら こんな可愛い子どもに恵まれた未来が待っていたのかもしれない 楓と、楓に似た可愛い子どもと 三人でこんな風に…… そんな夢を見させてくれたから 「この子の父親、船乗りで。今は、遠い海の上にいてあと半年は帰ってこられないんです。口には出さないですけど、寂しいんでしょうね…あなたに、父親の姿を重ねてしまったんだと思います」 「そう、なんですか…」 「失礼を承知でお尋ねしますが…あなた、αでしょう?この子の父親も、αなんです」 「…わかりますか?」 「ええ。なんとなく雰囲気で。私、Ωですから。番ってますから、フェロモンはわかりませんけど」 ふんわりと微笑んだ女性は、言われてみればΩ特有の儚さを感じる。 「…ヒメちゃんは、Ωですものね…」 「え…?」 含みを持たせた呟きに、思わず首を傾げると。 「…おにいさんは、ヒメちゃんのつがいなの?」 突然、それまでアイスクリームに夢中だった美弥ちゃんが顔を上げて、聞いてきた。 「えっ…」 「こら、美弥!…すみません、不躾なことを…」 「…残念だけど、違うよ」 慌てて美弥ちゃんの口を塞ごうとした母親を止め、微笑みながら答えると。 美弥ちゃんは心底不思議そうな顔をする。 「そうなの?」 「うん。お兄さんは、ヒメちゃんとずっと離れ離れだったから…番になりたくても、なれなかったんだ」 「はなればなれ?」 「…会いたくても、どうしても会えなかったってことだよ」 俺の答えに、今度は泣きそうな顔になった。 「みーたんもママも、パパとはなればなれなの…」 「そっか。そうなんだね、ごめん」 泣かせてしまうと、慌ててその小さな手を握ったら。 意外なほど強い力で、ぎゅっと握り返される。 「でも、パパはぜったい、ママとみーたんのおうちにかえってくるよ。だから、ヒメちゃんもぜったい、おにいさんのおうちにかえってくるよ!」 小さな天使の言葉は まるで神の啓示のようで 「だから、おにいさんもいいこでまっててね!」 「…うん、ありがとう。お兄さんも、頑張っていいこにするからね」 俺は頷いて、アイスクリームでベタベタになった天使の口の回りを拭ってあげた。

ともだちにシェアしよう!