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歌詠鳥(うたよみどり)8 side蓮
「でねでね!よぞらにはばたくしっこくのつばさ!プリティアーブラック!ってへんしんするの!」
「へぇ~、かっこいいね」
「うん。ブラックはかっこいいの!ホワイトは、かわいいんだよ!」
「そうなんだ?じゃあ、お兄さんも今度見てみるね?」
「すみません…。みーたん、そろそろおしまいにしよ?お兄さんも、お仕事あるだろうし…」
「えーっ!やだぁ!みーたん、もっとおにいさんとおはなしするー!」
「はははっ…いいよ。お兄さん、今日はお仕事お休みで、ヒメちゃんに会えないかなって思って、ここにきただけだから」
なぜか、俺はこの小さなレディーにいたく気に入られたらしく。
離れたくないと駄々をこねられ、結局近くのカフェに一緒に入ることになった。
「本当にすみません…美弥のわがままに付き合っていただいて…」
「いえ、いいんですよ。今日は本当になんの予定もなかったので」
アイスクリームを無心に頬張る姿に、知らず頬が緩む。
今まで、幼い子を可愛いと思ったことは殆どなかったのに、美弥ちゃんに懐かれたことは、俺に想定外の喜びを与えてくれた。
もしも
あのまま楓とずっと一緒にいられたとしたら
こんな可愛い子どもに恵まれた未来が待っていたのかもしれない
楓と、楓に似た可愛い子どもと
三人でこんな風に……
そんな夢を見させてくれたから
「この子の父親、船乗りで。今は、遠い海の上にいてあと半年は帰ってこられないんです。口には出さないですけど、寂しいんでしょうね…あなたに、父親の姿を重ねてしまったんだと思います」
「そう、なんですか…」
「失礼を承知でお尋ねしますが…あなた、αでしょう?この子の父親も、αなんです」
「…わかりますか?」
「ええ。なんとなく雰囲気で。私、Ωですから。番ってますから、フェロモンはわかりませんけど」
ふんわりと微笑んだ女性は、言われてみればΩ特有の儚さを感じる。
「…ヒメちゃんは、Ωですものね…」
「え…?」
含みを持たせた呟きに、思わず首を傾げると。
「…おにいさんは、ヒメちゃんのつがいなの?」
突然、それまでアイスクリームに夢中だった美弥ちゃんが顔を上げて、聞いてきた。
「えっ…」
「こら、美弥!…すみません、不躾なことを…」
「…残念だけど、違うよ」
慌てて美弥ちゃんの口を塞ごうとした母親を止め、微笑みながら答えると。
美弥ちゃんは心底不思議そうな顔をする。
「そうなの?」
「うん。お兄さんは、ヒメちゃんとずっと離れ離れだったから…番になりたくても、なれなかったんだ」
「はなればなれ?」
「…会いたくても、どうしても会えなかったってことだよ」
俺の答えに、今度は泣きそうな顔になった。
「みーたんもママも、パパとはなればなれなの…」
「そっか。そうなんだね、ごめん」
泣かせてしまうと、慌ててその小さな手を握ったら。
意外なほど強い力で、ぎゅっと握り返される。
「でも、パパはぜったい、ママとみーたんのおうちにかえってくるよ。だから、ヒメちゃんもぜったい、おにいさんのおうちにかえってくるよ!」
小さな天使の言葉は
まるで神の啓示のようで
「だから、おにいさんもいいこでまっててね!」
「…うん、ありがとう。お兄さんも、頑張っていいこにするからね」
俺は頷いて、アイスクリームでベタベタになった天使の口の回りを拭ってあげた。
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