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歌詠鳥(うたよみどり)11 side春海

あの花束の送り主が誰なのか 結局本当のところはわからなかったけど あれは蓮が送ったものなんだろうと俺にはわかる あの動画を見つけたに違いない 楓は動画のことは知らない あれが蓮に繋がるものだと知る由もない なのに 訝しげにしながら受け取ったその大きな花束は あの日の帰りにわざわざ買った花瓶に飾られ 楓は毎日幸せそうな顔でその花の手入れをしている もしかして 楓にはわかっているんだろうか? それは、二人が運命の番だから…? たとえ身体は離れていたとしても 心はどこかで繋がっているのだとしたら 俺は…… 「ヒメ、ここに飾っておくから」 あれから5日。 延期していた治験のためにベッドに横になった楓に見えるように、俺は家から持ってきた薔薇の花を一輪、側に置いた。 楓が丹精込めて世話をしている薔薇は、あれから萎れることもなく、美しい花を開かせたままだ。 「へぇ…いいね。ここは殺風景だからなぁ。花があるだけで、空気が変わるね。ヒメも、いつもよりリラックス出来るだろ。春海もたまには気の利いたことするじゃん」 「…どうでもいいですけど。さっさと始めますよ」 亮一は喜んでくれたけど、馬路は心底どうでもよさそうに溜め息を吐いて。 いつものように、発情誘発剤の入った注射器を渡した。 それを受け取った亮一が、モニターへと体を向けた馬路の背中に、怒った顔で中指を立ててみせて。 楓は、楽しそうに軽やかな笑い声を立てる。 「…なに?なんでヒメちゃん、笑ってるの?」 「…なんでもないです。ごめんなさい、馬路さん」 「ふーん…」 その笑い声に振り向いた馬路がまた、モニターへと視線を移すと、三人で顔を見合わせてこっそり笑った。 こんな和やかな雰囲気、この治験が始まってから初めてのことで。 それはきっとあの薔薇の花のおかげで。 …もしも もしも今回の治験が上手く行ったら その時は…… 「…春くん?大丈夫?どうかした?」 楓の心配そうな声に、無意識に眉間に入った力を緩め、微笑みを貼り付ける。 「ごめん、なんでもない。今回こそは、上手くいくといいね」 拘束された手を、軽く握ると。 楓はなぜか瞳を揺らして。 でも、それを隠すように目蓋を下ろし、小さく頷いた。 「じゃあ、始めるよ、ヒメ」 「はい」 俺はその手を握ったまま、誘発剤を打たれる楓を見つめていた。 しばらくすると、握った手が熱くなってきて。 呼吸も荒くなり、ヒートが始まる。 「っう…ぁっ…あぁぁっ…」 「ヒメ、頑張って」 「薬、いれるぞ」 苦しげに身悶える楓に、試薬を飲ませ。 俺は手を離さずに、モニターへと視線を移した。 異常値を知らせるその数値を、固唾を飲んで見守っていると。 「えっ…」 僅かに、その数値が下がったと思ったら。 瞬く間に、すごいスピードで下がり始める。 「ヒメっ!?」 慌てて、楓へと視線を戻すと。 頬を紅潮させ、息は激しく乱れているけれど。 その潤んだ瞳でまっすぐに俺を見つめて。 「…春、くん…」 しっかりと、俺の名を呼んだ。

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