216 / 566
歌詠鳥(うたよみどり)11 side春海
あの花束の送り主が誰なのか
結局本当のところはわからなかったけど
あれは蓮が送ったものなんだろうと俺にはわかる
あの動画を見つけたに違いない
楓は動画のことは知らない
あれが蓮に繋がるものだと知る由もない
なのに
訝しげにしながら受け取ったその大きな花束は
あの日の帰りにわざわざ買った花瓶に飾られ
楓は毎日幸せそうな顔でその花の手入れをしている
もしかして
楓にはわかっているんだろうか?
それは、二人が運命の番だから…?
たとえ身体は離れていたとしても
心はどこかで繋がっているのだとしたら
俺は……
「ヒメ、ここに飾っておくから」
あれから5日。
延期していた治験のためにベッドに横になった楓に見えるように、俺は家から持ってきた薔薇の花を一輪、側に置いた。
楓が丹精込めて世話をしている薔薇は、あれから萎れることもなく、美しい花を開かせたままだ。
「へぇ…いいね。ここは殺風景だからなぁ。花があるだけで、空気が変わるね。ヒメも、いつもよりリラックス出来るだろ。春海もたまには気の利いたことするじゃん」
「…どうでもいいですけど。さっさと始めますよ」
亮一は喜んでくれたけど、馬路は心底どうでもよさそうに溜め息を吐いて。
いつものように、発情誘発剤の入った注射器を渡した。
それを受け取った亮一が、モニターへと体を向けた馬路の背中に、怒った顔で中指を立ててみせて。
楓は、楽しそうに軽やかな笑い声を立てる。
「…なに?なんでヒメちゃん、笑ってるの?」
「…なんでもないです。ごめんなさい、馬路さん」
「ふーん…」
その笑い声に振り向いた馬路がまた、モニターへと視線を移すと、三人で顔を見合わせてこっそり笑った。
こんな和やかな雰囲気、この治験が始まってから初めてのことで。
それはきっとあの薔薇の花のおかげで。
…もしも
もしも今回の治験が上手く行ったら
その時は……
「…春くん?大丈夫?どうかした?」
楓の心配そうな声に、無意識に眉間に入った力を緩め、微笑みを貼り付ける。
「ごめん、なんでもない。今回こそは、上手くいくといいね」
拘束された手を、軽く握ると。
楓はなぜか瞳を揺らして。
でも、それを隠すように目蓋を下ろし、小さく頷いた。
「じゃあ、始めるよ、ヒメ」
「はい」
俺はその手を握ったまま、誘発剤を打たれる楓を見つめていた。
しばらくすると、握った手が熱くなってきて。
呼吸も荒くなり、ヒートが始まる。
「っう…ぁっ…あぁぁっ…」
「ヒメ、頑張って」
「薬、いれるぞ」
苦しげに身悶える楓に、試薬を飲ませ。
俺は手を離さずに、モニターへと視線を移した。
異常値を知らせるその数値を、固唾を飲んで見守っていると。
「えっ…」
僅かに、その数値が下がったと思ったら。
瞬く間に、すごいスピードで下がり始める。
「ヒメっ!?」
慌てて、楓へと視線を戻すと。
頬を紅潮させ、息は激しく乱れているけれど。
その潤んだ瞳でまっすぐに俺を見つめて。
「…春、くん…」
しっかりと、俺の名を呼んだ。
ともだちにシェアしよう!