219 / 566
歌詠鳥(うたよみどり)14 side蓮
『今日の17時、ヒメちゃんリサイタルだって!』
その書き込みに気付いたのは、四菱電気主催のパーティーの打ち合わせが終わり、総支配人室に戻る途中だった。
瞬間、身体の一番深いところが、震えた。
時計を確認すると、16:25。
今から行っても、間に合うかどうか微妙な時間だったが。
行かなければ
もう一人の俺が、頭の隅で囁いた。
理由なんてない。
ヒメが本当に楓かどうかなんて、確証はなにもない。
それでも、行かなければと思った。
今日
どうしても
なんで今日に限ってそんな焦燥感に駆られるのか、わからない。
前にその書き込みを見つけたときには、会いに行きたいと思いつつ、仕事を抜け出すことが出来なくて。
一方的だけれど、気持ちだけは届けたくて、花束を手配した。
だけど今日は、それじゃダメなんだ。
きっと、今日を逃せば俺たちの道はまた、遠く隔たってしまう。
今日を逃せば…
なにかに突き動かされるように、踵を返すと。
「総支配人?どうかしました?」
後ろを歩いていた和哉と目が合って。
不思議そうに首を傾げられる。
「…悪い。今日、早退する」
「え?具合でも悪いの?」
「…ああ。ちょっと目眩が、な」
そうじゃない、と言いかけて。
俺は一度口をつぐむと、そう言い直した。
違うと言えば
じゃあどこへいくんだとしつこく聞かれるような気がしたから
「ふーん…顔色は、悪くないけど」
和哉は訝しげに眉を寄せつつ、俺の額に手を伸ばす。
反射的に避けそうになったのを、腹に力を入れてグッと堪えると。
生暖かい手のひらが、額に当たった。
「熱は、ないね」
「…そうか」
「なんだろ、疲れかな?ここのところ、忙しかったしね」
「そう、だな」
「大丈夫?一人で帰れる?」
「子どもじゃないんだから、大丈夫だ」
「そう?じゃあ俺、仕事終わったら、部屋に寄るね?」
にっこりと笑われて。
思わず、言葉に詰まる。
「…蓮さん?」
「…わかった。じゃあ、後は頼む」
「あ…はい」
探るような眼差しを振り切って。
俺は駆け出しそうになる心を沈めつつ、早足でホテルを出た。
ともだちにシェアしよう!