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歌詠鳥(うたよみどり)13 side春海
『本日17時 いつもの場所で』
「春くん、お昼なに食べたい?」
コメント欄に書き込んだのと同時に、楓がキッチンから訊ねる声がして。
俺は慌てて、スマホをソファの隙間に隠すように置いた。
「うーん、そうだなぁ…」
「えっとね…パスタかオムライスか…カレーは、レトルトがあったかなぁ…?やばい、あんまりストックないかも。今からネットスーパー頼んでも、遅いしなぁ…」
「だったらさ。たまには、外に食べに行く?」
食品棚を開けて悩んでるその背中に、そう言うと。
びっくりした顔で、振り向く。
「え?」
「薬、ちょいと拝借してきたんだ。これなら街中で突然ヒートに襲われることもないしさ。たまにはいいじゃん。ごはん食べて、たまにはデートして…ピアノ、弾きに行こ?」
キッチンへ足を運び、目の前で試薬の入ったジッパー袋をヒラヒラと見せてやると。
困ったように、眉を寄せた。
「いいの?そんなことして」
「いいの。まだ、何回か飲んでもらって、効果や副反応を確認しなきゃなんないからさ。これも治験のうちってこと」
「ホントに?」
「ホントホント」
「…もう…」
でもほんの少しだけ、嬉しそうに頬が緩んでいるのがわかる。
そりゃそうだよね…
いつも出かけるのは
あのデパートにピアノを弾きに行くときだけ
しかも弾き終わったら寄り道もせずに家に帰るから
外で食事したことなんてない
治験のせいで
いつどこでヒートが始まるのか
わからなかったから
「どうする?嫌なら、家で食べてもいいけど」
尖った唇の先に、触れるだけのキスをした。
「…春くん、意地悪だ」
「そんなことないよ。楓が行きたいって言うなら、どこへだって連れてってあげる」
もしも君が望むなら
あいつのところだって
君が心からそれを望むなら
「うーん、そうだなぁ…」
「また、スイーツバイキングでも行く?」
「行きたい…って言いたいとこだけど、さすがにもう、そんなには食べらんないよ~」
「あの時は、すっごい食べてたのにね?」
「若気の至りってやつ?」
そう言って笑う楓が、ひどく眩しくて。
思わず、目を伏せる。
「…春くん?」
「とりあえず、着替えてきなよ。車の中で考えよう。決まらなかったら、ぶらぶら歩きながら探してもいいしね」
「うんっ!」
嬉しそうにクローゼットへと向かう楓の後ろ姿を見送りながら。
俺は、スマホを取りあげ、さっきのコメントを削除した。
さぁ
舞台は整えてあげたよ
運命の番なら
自分の運命くらい
自分で掴みとってみせてよ
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