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猿喰鷲(さるくいわし)19 side蓮

龍の楓への想いは知っていた でもまさか無理やりだなんて 龍はそんなことをする奴じゃないって フェロモンに当てられて楓を抱いたとしても 正気を取り戻せば 楓を番にしようなんてバカなことを考えるはずがないって あいつはまっすぐで 本当に心根の優しい奴で 俺の、そして楓の弟なんだからって… 楓を愛することとは別に 弟のおまえも大切で愛しかったから そう信じていた いや そう信じていたかったのかもしれない 九条をおまえに押し付けた負い目もあった なににも縛られず 末っ子らしく自由に生きていたおまえに なんの準備もなく全てを押し付けてしまった きっと人一倍苦労するだろう そうわかっていたから 俺は日本に帰ることを躊躇った 俺が戻れば おまえは苦しむかもしれない なぜ全て押し付けたのだと おまえの恨み言を受け止めるだけの勇気がなかったと言われればそうかもしれない ならばせめて 自分勝手に家を捨てた 不甲斐ない兄として せめておまえの邪魔にならないようにしようと…… そして ずっと認めなければと思いつつ 認められなかったこと 本当は信じてなんかいなかった 沖縄に無理やり転校させられそうになったからって 楓は勝手に消えるような人間じゃない あいつはいつだって その身に降りかかる苦難に自分の力で立ち向かってきた じゃあどうしていなくなったのか それは おまえは俺を捨てたんじゃないのか…? この命に代えても守るといいながら 父の力の前になにもできなかった俺を もう要らないと そう思ったから だから俺にはなんのメッセージも残さずに消えたんじゃないかと 認めるのが怖くて 逃げていたのかもしれない 「…どうしようもない、馬鹿だ…」 おまえは俺のために その身を龍から必死に守ってくれたのか 俺の、ために なのに俺は 駄々っ子のように拗ねていじけて 現実に向き合おうとせず おまえから逃げて…… この広い世界にたったひとりで おまえはどうやって生きていたんだろう 苦しくはなかったか? おまえを優しく温めてくれる手は今 傍らにあるんだろうか 俺はおまえになんと詫びればいいんだろう 「…蓮さん…」 「…一人に、してくれ…」 伸びてきた和哉の手を、払いのけ。 和哉から顔を背けた。 しばらく俺を窺う気配を感じたけど、やがて静かに足音が遠ざかっていって。 パタンとドアが閉まった音が聞こえた瞬間、左手に填めてあるブレスレットを、右手で握り締めた。 「…楓…」 おまえの腕に填まっていたのは、ターコイズ。 危険や邪悪なエネルギーから持ち主を守り、勇気と幸福をもたらしてくれる「天の神が宿る石」。 楓… 神は今でもおまえを守ってくれているか…? 「…ごめんな…楓…」 尽きることのない後悔の欠片を乗せた涙が、頬を流れ落ちていった。

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