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歌詠鳥(うたよみどり)17 side春海
「よかったよ、生きてて。俺も蓮さんも、あんたはもう死んだと思ってたから。元気そうじゃん」
「和哉っ!」
蓮が怒鳴っても、和哉は蓮の腕を離そうとしない。
それどころか、ますます笑みを深めて、強くしがみつく。
「離せよっ!」
蓮が無理やりその腕をほどいて、和哉を睨み。
「楓、ごめんっ…」
その腕を、楓へと伸ばすと。
楓は大きく目を見開いたまま、その腕を避けるように後退って。
ぎゅっと胸の前で両手を握り締めると、俺へ視線を向けた。
まるで助けを求めるように
これ以上、見ていられなかった。
「…っ…馬鹿がっ…」
駆け寄って、楓を腕の中に抱き締める。
「…久しぶり、蓮」
「…おまえ…春海か…?」
「そうだよ」
俺の姿を見た蓮の眼差しが、一気に険しくなり。
その瞳の奥に、憎悪にも似た苛烈な光が宿った。
それはあの生徒会室で見せた炎と同じもの
αの震え上がるような強い眼差しに、身体がすくみそうになるけれど、腹に力を入れて睨み返す。
今のおまえに
俺をそんな目で見る権利なんかない
「…おまえ、なんで…?」
「なんでって、俺と楓、今一緒に暮らしてるんだ。そっちも、相変わらず仲良さそうだね?今、仕事も一緒なんでしょ?仕事もプライベートもなんて、羨ましいよ」
にっこりとわざとらしく微笑んで見せる。
「っ…今は、仕事だけだ」
「ふーん、そうなんだ?でも、そういう時期だってあったじゃん」
「そう言うおまえこそ、なんで楓とっ…」
「春くん」
蓮の手が、掴みかかろうと伸びてきた瞬間。
楓が俺を庇うように、俺の首に腕を回し、肩に顔を押し当ててきて。
「もう帰ろ?今日はちょっと、疲れちゃった…」
掠れた声で、囁くように言った。
「うん。わかった。久々に歩き回ったもんね。帰って二人でゆっくりしよう」
蓮に聞こえるようにそう言って、見せつけるように楓の額にキスを落とす。
「それじゃあ、また。ああ、和哉。今度から俺のことはもう誘わないでくれる?楓、外で食事するの苦手だし、楓を置いて出かける気、ないから。じゃあね」
笑いながらそう言って。
俺は楓の膝裏に腕を入れると、姫抱っこで抱き上げた。
楓は一瞬身を固くしたけど、首に回した腕に力を入れ、俺の胸に顔を埋める。
蓮の、なにか言いたげな視線を感じつつ、俺は楓を抱いたまま、振り向くことなくその場を立ち去った。
そのまま地下駐車場に向かい、車のドアを開けて、助手席に楓を座らせる。
「…楓…大丈夫…?」
頬を指でそっと撫でてやると、青ざめた顔でぎこちなく微笑んだ。
「…うん…ごめんね、春くん…」
「いいんだよ。俺の方こそ、ごめん。あいつらのこと…今まで黙ってて」
「…ううん、春くんが謝ることないよ…俺、ちゃんとわかってるつもりだったのに…」
自嘲するように呟くと、その瞳から大粒の涙が溢れだして。
頬に当てたままの俺の指を濡らした。
「…楓…」
「っ…ぅ…うーっ…うぅーーーーっ…」
堪えきれない嗚咽を漏らした楓を、強く抱き締める。
俺は、いつものように楓を抱き締めてやることしか出来なくて。
自分の無力さと、蓮への怒りに、押し潰されそうだった。
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