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歌詠鳥(うたよみどり)21 side蓮
「…楓…どうして…」
「ごめんね。俺が、春くんに頼んで呼び出してもらったんだ」
呆然と見上げる俺に、ふんわりと微笑んで。
額にうっすらとかいた汗をハンカチで拭いながら、俺の向かい側にゆっくりと腰掛けた。
想像していなかった邂逅に、鼓動がスピードを上げる。
ハンカチを折り畳んでいた楓が、不意に顔を上げ。
俺をじっと見つめた後、左手でグラスを持ったままの俺の手元に視線を落とした。
「…それ…」
「え?」
「…いや、なんでもない。なに飲んでんの?」
すっと目を伏せ、すぐに上げた顔には微笑みが浮かんでいる。
「ジントニック」
「へぇ…じゃあ、俺もそれにしよう。すみません、俺も同じものを」
ボーイを呼んで、同じものを頼むと。
また俺を見つめて、目を細めた。
「なんか、不思議な感じ。蓮くんと一緒にお酒を飲む日が来るなんて、想像もしてなかったよ」
その微笑みは、俺の知ってる楓のもので。
目の前にいる楓は、俺の記憶のなかにいる彼より大人びているものの、その雰囲気は俺の知ってるそれと同じで。
今すぐにその腕を取り、抱き締めて。
その体温を、その香りを思いっきり感じたい衝動を、拳を握り締めて堪えた。
それは
今の楓からは
やはりなんのフェロモンも感じられないから
もしも楓が本当に誰かの番になったのなら
俺に触れられることは苦痛でしかないはず
苦痛に歪む楓の姿を
もう二度と俺の番にはならない愛しい者の姿を
見る勇気はまだ湧かない
「…ああ。俺もだ」
だから、無理やり平静を装って、相槌を打つ。
「このホテル、すごくいいホテルだね。ここに来る前に、ちょっと探検しちゃった。高級感に溢れてるのに、なんかアットホームな感じもして…あれかな?スタッフの人の感じかな?通りすがりの俺にも、にこやかに挨拶してくれて…自然にこっちも笑顔になれるの。さすが、俺の蓮くんの作ったホテルだなぁって、関係ないのに俺が嬉しくなっちゃった」
『俺の蓮くん』
さりげなく挟まれた言葉に、心臓が跳ねた。
「…ありがとう」
素直に礼を言うと、笑みが深まる。
「…このホテルの名前…蓮くんが、付けたの?」
「ああ、そうだよ」
楓のことを思いながら付けた名前
楓がどこにいても
俺がここにいることがわかるように
「後で、中庭も案内するよ。一年中花が咲いて、今の時期は梔子 のいい香りが漂う、自慢の庭なんだ」
「うん、楽しみにしてる」
嬉しそうに微笑む楓は、本物の天使なんじゃないかと思うほど、神々しく、美しくて。
「…綺麗になったな、楓…すごく、綺麗になった」
思わず、そう呟くと。
一瞬、大きく目を見開き、それからすぐに微かに顔を歪めて、視線を落とした。
「…そんなこと、ないよ…俺は…」
どこか苦しみの欠片を乗せたような言葉は、途中で途切れて。
「蓮くんこそ。すごくかっこよくなってて、ドキドキしちゃった。きっと、番になりたいΩがたくさんいるんじゃない?」
続いた、まるで自分はそうじゃないとでも言いたげな台詞に、胸が切り裂かれそうな痛みを覚える。
祈るような思いで向けた楓の左手首には、やはりなにもついていなくて。
奈落の底に突き落とされるような絶望感にうちひしがれながら、思わず目を閉じた。
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