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歌詠鳥(うたよみどり)22 side蓮

「…今、なにしてるんだ?」 聞きたいことは山のようにあったはずなのに、いざ楓を目の前にして、なにから聞いていいものか判断が付かなくて。 長い沈黙のあと、ようやく俺の口から出たのはそんな台詞だった。 ゆっくりとグラスを傾けていた楓は、落としていた目線を上げ、ふ、と微笑みを浮かべた。 「春くんのお手伝いだよ」 「手伝い…?」 「そう。春くんたちのΩ用発情抑制剤研究の、お手伝い」 「藤沢の、社員なのか?」 「んー…ちょっと違うけど…まぁでも、そんな感じかな」 「春海とは、いつから?もしかして、九条の家を出てからずっと一緒に?」 「ううん、2年前に偶然再会したの」 「2年前?どこで?」 「…俺が勤めてたお店で」 穏やかな微笑みが浮かんでいた頬に、ふと一筋の影が差す。 「お店、って…?」 訊ねると、答えるのを拒むように目を伏せた。 「…俺は、Ωだから。ΩはΩとしてしか、生きられないよ。βやαみたいに生きることは、すごく難しいことだから…」 その答えに。 不意に、二度だけ共に過ごしたヒートの日々が、鮮やかに脳裏に蘇ってくる。 あの 突然の嵐のような熱 理性も矜持もぶっ飛んで ただ獣のように俺だけを求めてきた姿 意思の力でいくら抑えようとしても 抑えきれない暴力的なまでの本能の力 あんなもの たったひとりで何年も耐えきれるはずなんかない ましてや まだ高校生だったおまえが なにも持たずにたったひとりで飛び出していって 生きていく方法なんて限られているに決まってる 「…ごめん、楓…」 俺のせいだ 全ては、俺の…… 俺があの時もっと冷静になっていたら 引き離されないだけの力を持っていたら おまえを連れて二人で生きていくだけの勇気を持てていたら… 今さら悔やんでも もう全ては手遅れなのかもしれないけれど… 「…蓮くんが、謝る必要なんかないよ。悪いのは…Ωとして生まれてしまった、俺なんだ」 「違うっ!それはっ…」 「蓮くん」 思わず声を上げた俺を。 楓の静かな声が遮った。 それは全ての感情を飲み込んでしまったような とてもとても静かな声だった 「中庭、見たいな。連れてってくれる?さっき、連れていってくれるって言ったでしょ?俺、雑誌で見て楽しみにしてきたんだ」 唐突にそう言われて。 「え…あ、あぁ、もちろん…」 戸惑いながらも、頷いた。 「じゃあ、行こう」 「今すぐに、か?」 「そうだよ。思い立ったら吉日って言うでしょ?」 立ち上がった楓に続いて、腰を上げる。 何気なく手を差し出すと、楓はチラリと俺の手を横目で見て。 小さく首を振ると、逃げるように背中を向け、歩きだした。 俺は、なにも掴めなかった手を、ぎゅっと握り締めるしかなかった。

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