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雲雀(ひばり)1 side蓮

「…っ…!」 振り返った楓は、恐怖にひきつったような顔をしていた。 「…なんで…」 「楓っ!」 掴んだ腕を力任せに引っ張って。 強く、腕の中に抱き込むと。 より一層濃く、フェロモンが溢れ出すのを感じる。 まさか… 「ダメっ、蓮くんっ…」 (もが)いて、離れようとするのを渾身の力で抱き留めて。 片手で長く伸びた髪を掻き上げた。 「やっ…」 現れた真っ白な項には、傷ひとつなかった。 「どうして…」 誰かの番になったんじゃなかったのか!? だったらどうして、今までなんのフェロモンも感じなかったんだ!? 頭を掴んで、無理やり顔を覗き込むと。 熱で潤んだ瞳が、俺を見つめる。 「…蓮、くん…ダメ…」 弱々しく言葉を紡ぐ唇からは、熱の籠った吐息が零れて。 「ダメだよ…俺はもう…穢れてるから…」 いくつもいくつも零れ落ちる涙が、頬を濡らす。 俺から逃れようと力を込めていたはずの指先は、まるで俺に縋るように添えられていて。 「俺なんかに愛を告げたら…蓮くんも穢れちゃうから…」 唇は震えていて。 拒絶の言葉を吐いているはずなのに、俺の耳には助けを求めているように響いた。 それはあたかも あの日のおまえが 俺を呼んでいるようで 所有の証なんかなにもない、まっさらな項に手を添え。 身体の奥底から沸き上がる、今すぐにも抱き潰してしまいたい獰猛な衝動を必死に抑え込みながら。 強く、抱き締めた。 「おまえは、穢れてなんかないっ!綺麗だよ。誰よりも綺麗な、俺だけの運命の番だ!」 おまえの心に届くように、叫ぶと。 腕の中の楓は、びくっと震えて。 また、梔子の甘い香りが強くなる。 「蓮、くん…だめ…」 背中に回ってきた手が、強く俺へしがみついた。 「愛してる、楓。誰よりも、おまえを愛してる」 「…蓮くんっ…」 「愛してるよ。おまえだけだ」 楔を打ち込むように、何度も繰り返すと。 その度に、梔子の香りが俺に絡み付いてきて。 瞳に、ヒートにも似た滾るような灼熱の焔が灯る。 「あ…あ、ぁ…」 その焔が俺にも火をつけ、身体が内側から発火したような熱さが沸き起こった。 「楓、聞かせてくれ」 熱に飲まれそうになりながら。 それでも必死に理性を手繰り寄せる。 本能に引き摺られる前に、どうしても確かめなければならない。 「おまえの気持ち…聞かせてくれないか?」 「…蓮、くん…」 「おまえは…今でも俺を運命の番だと、そう思ってくれるか…?」 熱に浮かされた瞳を見つめながら、訊ねると。 「…ん…」 ひどく苦しそうに顔を歪めて。 「…俺の…運命の、人は…」 それでも。 「…蓮くん、だけ…だよ…」 その瞳が。 その唇が。 「どこにいても…ずっと君だけを想ってた…」 俺への愛を、紡ぐ。 「ずっと…蓮くんだけ…蓮くんしか、ダメなの…」 「楓っ…」 堪らず、強く抱き締めた。 「…愛してる…蓮くんだけを、愛してる…」 涙で濡れた声が、耳元で何度もそう囁いて。 「俺も、楓だけを愛してる」 俺もありったけの想いを告げると。 熱い雫が、頬を滑り落ちていった。

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