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雲雀(ひばり)10 side楓

優しい風が、頬をゆっくり撫でていく。 燦々と降り注ぐ陽の光が海面をキラキラと照らす。 紺碧の空にはたくさんのカモメが風に乗って飛んでいて。 少し離れた波打ち際では恋人たちが楽しそうに微笑んでいる。 12年振りに見た景色は、あの頃となにも変わらなかった。 唯一違うのは、君が隣にいないことだけ。 でもなんでかな 少しも寂しくないんだ 「…これの、お陰かな」 蓮くんの香りがするジャケットを、そっと撫でる。 その優しい香りに包まれてると、ずっと蓮くんが抱き締めてくれてるような気がして。 それだけで、心は穏やかに凪いでいく。 ああ… 綺麗だな…… 空も海も 鳥も人も この世界の全てはとても美しい 子どもの頃は当たり前に感じていたことを もう長いこと感じることが出来なかったけど 今は心からそう思える 全部蓮くんのおかげだ 君のおかげで この美しい世界で 俺はようやく自由になれるんだ 「…お父さんも、もしかしてこんな気持ちだった…?」 ずっと お父さんは失意の末に命を絶ったのだと思ってた Ωである自分を呪い Ωである息子を捨てて 絶望の果てに この世界から逃げるために命を絶ったのだと でも今は違う もしかしてお父さんは幸せだったんじゃないだろうか? 最後に九条のお父さんとなにを話したのか それはわからないけど でもきっと最後のその瞬間 お父さんは幸せだったんじゃないかって なぜか今はそう思うんだ だって 俺は今 とても幸せだから 命をかけて愛した人に 抱えきれないほどの愛をもらったから きっと お父さんもそうだったでしょう…? 「…俺がそっちに行ったら…ちゃんと教えてよね…」 きっと怒るだろうね でもそれでもいいんだ たくさんたくさん 聞きたいことがある たくさんたくさん 話したいことがある 別れたときは俺はまだ小さくて 自分が何者かも知らなかったけど 今は全てを知ってるから だからお願い もう一度抱き締めて あの幼い日のように 待っててね…… すぐそっちにいく ひとりぼっちにして ごめんね………… その時。 まるで背中を押すように優しい海風が俺を包み込んで。 それに促されるまま、座っていた岩から立ち上がった。 目の前に広がるのは、果てしない海。 お父さんが消えた、海。 一歩ずつ、踏みしめるように。 近づく。 愛する君と二人、子どもの頃のようにはしゃいだ、あの日の幸せな記憶だけを抱き締めて。 「楓っ…」 耳の奥で、蓮くんの声が聞こえた気がした。 こんな時なのに、それだけで幸せが全身に満ち溢れて。 ごめんね…… でももう 俺は自由になりたい この忌まわしい身体から 自由になりたいんだ 「楓っ…ダメだっ…」 愛してる その想いを抱いてくことだけ 許して欲しい 蓮くん 俺が運命の番で ごめんね 新しい世界へ、一歩踏み出した。 瞬間。 「楓ぇっっっ………!」 ふわりと宙に浮いた身体は 大好きなレモンバームの香りに包まれた

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