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雲雀(ひばり)13 side蓮

「蓮」 真っ白いベッドで静かに眠る楓の手を握りながら、その青白い顔を眺めていると。 控えめなノックの音と共に、春海が顔を出した。 「楓、どう?」 首を横に振って答えると、落胆したように肩を落とす。 「亮一の…楓の主治医の話じゃ、とっくに目覚めてても良い頃らしいんだけど…とりあえず、精密検査の結果を待つしかないね。もしかしたら、なにかの病気かもしれないし…」 「ああ」 「おまえは?いいの?仕事」 「仕事なんて、どうだっていい。今は、楓の側にいなきゃならない」 「…うん」 そう言うと、春海は寂しさの中にほんの少しの嬉しさを滲ませたような複雑な表情で、薄く笑った。 「あのさ…おまえに会わせたい人がいるんだ」 「会わせたい人?」 「うん。俺が楓を見つけるまでの10年、楓を守ってくれた恩人だよ。楓のこと…おまえはちゃんと知るべきだと思ってさ」 いい?と首をかしげられて、頷いた。 春海も小さく頷くと、ドアの外へと声をかける。 「失礼します」 少し硬い声で入ってきたのは、小柄だが体格の良い、髪をオールバックに撫で付けた目付きの鋭い男だった。 「柊っ…!」 男はベッドの上の楓を見つけると、側に駆け寄り。 顔には似合わぬ優しい手付きで、その髪を撫でる。 「このバカっ…なにやってんだよっ…」 …しゅう…? その名前、どこかで…… まるで愛おしい我が子にでもするように、何度も何度も髪を撫でるのを見つめながら、記憶を手繰り寄せていると。 不意に顔を上げた男が、射殺しそうに鋭い眼差しを俺に向け。 カツカツと足音を鳴らしながら、近付いてきた。 「…おまえが、蓮くん、か…?」 「はい」 それに頷いた瞬間、男が右手を振り上げたのが見えた。 反射的に身を翻しそうになるのを、腹に力を入れて堪える。 パンッ……… 乾いた音が響いたと同時に、左の頬に激しい痛みが走って。 口の中に鉄の味が広がった。 反動でよろめいた足に力を入れ、なんとか倒れるのは回避できた。 「オーナーっ…!」 「てめぇっ…てめぇのせいで、こいつがどれだけ苦しんだのか、わかってんのかっっ!!」 春海が慌てて俺たちの間に割って入り、男を俺から引き離そうとする。 俺はジンジンと痺れるような熱を頬に感じながら、真っ直ぐにその激しい怒りに燃える眼差しを受け止めた。 「今さら、なんだっ!?どの面下げて、こいつの前に現れやがった!!」 「落ち着いてくださいっ!ここ、病院だからっ…」 「こいつの運命の番だと!?はっ…ざけんなよっ!こいつが苦しんでるときに傍にいなくて、なにが運命の番だっ!」 「オーナーっ…那智さんっ!」 「うるせぇっ!離せっ!」 春海の腕を振り切り、男が強い力で俺の腕を掴んだ。 その怒りに彩られた瞳には、薄らと涙が滲んでいる。 「運命の番なら、こいつを幸せにする義務があるんじゃねぇのかっ!!運命の番ならっ…」 叫びかけて。 けれどなにかを耐えるように、男がぎゅっと口を引き結んだ。 俺の腕を掴んだ手は、微かに震えていて。 「…申し訳、ありません…」 俺は不甲斐なさと激しい後悔に、ただ頭を下げるしかなかった。 今さらなにを言っても 俺が12年も楓のことを放っていたことにかわりはない なんと(そし)られても仕方がない それなのに。 「…あり、がとう…」 震える声で男が放った言葉に、驚いて顔を上げてしまった。 「え…?」 「柊を…いや、楓、を…助けてくれて、ありがとう…」 思ってもみなかった言葉とともに男の瞳の縁に溜まっていた涙が、滝のように溢れて。 「ありがとう…ありがとう…」 俺の腕を強く掴んだまま、うつむき。 真っ白なリノリウムの床にポタポタと涙をこぼしながら何度もそう言う男に。 「本当に、申し訳ありません…」 息が詰まるほどの胸の痛みを抱えながら、謝罪の言葉を繰り返すことしか、出来なかった。

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