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雲雀(ひばり)14 side蓮

騒ぎを聞き付けた看護師に、春海やその男と共に病室を追い出され。 醍醐先生の計らいで用意された別室で、改めて男を紹介された。 「相馬那智さん。楓が勤めてたクラブのオーナーだよ。そして、こちらが滝田誉さん。αだけどΩ専門の小さな診療所を開いてるお医者さまで、那智さんの番さんだ」 いつの間にか部屋に入ってきていた、ひょろりと背の高い優しげな雰囲気の男もついでに紹介されて。 「え…?番って…」 思わず、那智という男と交互に見比べてしまう。 番ってことは… この人Ωなのか… 「…なんだよ?」 「いや…なんでも、ありません」 確かに小柄だけど、俺の今まで持っていたΩのイメージとは程遠い頑強さを感じる那智さんが、俺の不躾な視線に気付き、ジロリと睨んできた。 「あんた…覚悟はあんのか?」 そのまま腕を組んで、Ωとは思えぬ強烈な威圧感で俺を見据える。 「柊の…あいつの全部を受け入れる覚悟は、あんのか?あいつは、もうあんたの記憶のなかにいる九条楓じゃねぇ。あんたの想像も出来ない過酷な世界を、あんたが想像も出来ないくらいの苦しみを抱えながら、あんたが想像も出来ないくらいの覚悟を持って生きてきたんだ。歯を食い縛りながら必死でな。それをまるごと受け入れる覚悟が、あんたにあるのかって聞いてんだ。もしあんたが、あんたの記憶のなかにいる九条楓だけを求めてるんだったら、さっさと尻尾巻いて帰んな」 口調は乱暴で、眼差しはひどく挑戦的だが、その瞳の奥には本当に楓を心配している光が見え隠れしていて。 俺は息を吸い込むと、腹にぐっと力を入れて、その厳しい眼差しを正面から受け止めた。 「どんな過去があっても。どんなに変わっていようとも。俺が愛してるのは楓だけです。なにを知っても、それは決して変わらない。どんな楓も、俺は全て受け入れます」 はっきりと大きな声で、宣言すると。 那智さんは微かに目を見張って。 それからなぜか、自嘲するように薄く笑った。 「…柊のバカ…」 「え?」 呟いた言葉が聞き取れずに、もう一度訊ねると。 「いや、なんでもない」 軽く首を振って、すぐ後ろに立ってた誉さんを振り返る。 「…うん、大丈夫だよ」 それまで、なにも語らずに那智さんを見守っていた誉さんは、見る者全てを安心させるような柔らかな笑みを浮かべ、那智さんの手を握って。 連理の枝のように、そっと寄り添った。 「那智、わかるだろう?彼なら、きっと大丈夫だから」 握った手を、もう片方の手で包み込みながら、諭すようにそう囁くと。 那智さんは何度も頷いて、大きく深呼吸をして。 その視線を、なぜか春海へと向けた。 「まずは、あんたから話せよ。こいつがどこまで知ってて、どこから知らなきゃいけないのか…あんたの方がわかってんだろ」 そう促され、傍観者を決め込んでいた春海が、寄りかかっていた壁から身を起こす。 「…発端は、蓮が親父さんに無理やりアメリカに送られて数日後…楓のお腹のなかに赤ちゃんがいることがわかったこと、だったんだ」

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