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雲雀(ひばり)15 side蓮
二人から聞いた話は、確かに那智さんの言う通り、俺の想像を越えた過酷な現実だった。
息が出来なくなるほどに胸が痛くて、苦しくて。
でも、おまえはこの痛みの何十倍、何百倍もの痛みを抱えながら生きてきたんだと思うと、涙が溢れて止まらなかった。
俺に泣く資格なんてないとわかっていても、止めることが出来ない。
「楓…楓…ごめん…俺が悪かった…全て、俺が…」
「蓮くん…」
ただ謝ることしか出来ない俺の背中に、手の温もりが優しく触れて。
「そんなに自分を責めるもんじゃない。別れた時、君はまだ高校生だったんだろう?君が出来ることには限界があった。仕方がないことだったんだよ」
「違うっ…俺が、悪いんですっ!」
「αと言っても万能なわけじゃない。ましてや、君の父親は日本経済のボスとも呼ばれる男だろう。恐らく、誰にもどうにも出来なかった。飛び出した楓くんが、あんな組織の男に拾われたことは、不運としか言いようがない。君が責任を感じることはない」
誉さんの静かな声が慰めてくれるけど。
俺は激しく首を振った。
「違うっ…」
俺が易々とアメリカなんかに送られなければ
俺が楓の妊娠に気付いていたら
俺たちが愛し合わなければ
俺たちが兄弟でさえなかったら………
「…全て、俺の責任です…」
「蓮くん…」
床に額を擦り付け、涙を流し続ける俺の上に、誉さんの困りきった声が落ちてきて。
それを追いかけるように、大きな溜め息が聞こえた。
「そうだよ。悪いのは、おまえだ」
「那智っ…!」
那智さんの、感情のない、冷たく乾いた声が鼓膜を揺らす。
「悪いのは、子どもだったおまえ。悪いのは、子どもだったあいつ。悪いのは、αとして生まれたおまえと、Ωとして生まれたあいつ。悪いのはαなのに力を持たなかったおまえと、Ωでありながら無知だったあいつ。悪いのは、兄弟なのに運命の番として生まれてきたおまえたちだ」
「そんな言い方っ…いくらなんでも乱暴過ぎるぞっ!」
「誰にも責任なんてない。全て、おまえたちの責任だ。誰を恨むこともできない」
「…その通りです」
地べたに這いつくばったまま、その死刑宣告にも似た言葉を受け入れる。
「蓮くんっ!それは違うっ!」
「…だったら、どうする?運命を呪い、そのまま朽ち果てるか?二人でただ抱き合ったまま、生きる屍となるか?…まぁ、柊ならそれでいいって言いそうだけどな」
だけど。
冷たく言い放たれた言葉に、さっき頬を叩かれた以上の衝撃が、全身に走った。
二人で…
朽ち果てる……?
「そんなくだらないものが、運命の番か」
「那智っ!いい加減にしないかっ!蓮くんっ!今の言葉はっ…」
「…嫌だ」
誉さんがなにか言うのを遮って。
涙を腕で拭い、顔を上げた。
「…二人で朽ち果てるなんて、冗談じゃない。俺は、楓と共に死ぬために、あいつを探してたんじゃない。俺は、楓と共に生きるために、探してたんだ」
おまえがいてくれたから
俺の世界は光り輝いていた
その美しい世界を
おまえにも見せてやりたい
今度こそおまえを
俺の手で幸せにしなければならない
それが
おまえの運命としての俺の生きる使命だ
「…俺が、楓を幸せにする。これまで苦しめた分…いや、その何百倍も。苦しい記憶なんて、これから幸せな記憶で全部埋め尽くしてやる」
瞳に強い思いを込めて、那智さんを見上げると。
「…ようやく、αらしい顔、したじゃねぇか」
眉間のシワを緩め、ニヤリと満足げに笑う。
「で?口だけなら、言うのは簡単だ。あいつを幸せにするために、どうする?」
「それは…」
言いかけた時。
「はいはーい!ちょっといいかな?俺からも大事な話があるんだけど!」
突然、俺たちの間に違う声が割って入ってきて。
反射的にそっちを見れば、それまで黙ってことの成り行きを見ていたはずの醍醐先生が、発言を請うように両手を上げていた。
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