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雲雀(ひばり)16 side蓮
「ま、とりあえず喉を潤して、みんな落ち着こう」
なにを言い出すのかと身構えると。
先生は床に這いつくばっていた俺を椅子に座らせて。
那智さんも強引に椅子に座らせると、みんなに缶コーヒーを配り出した。
「…おい。なんのつもりだ?」
強引に受け取らされた那智さんが睨んでも。
「えー?だって、こんなに興奮した状態じゃ、事実をきちんと捉えられないでしょ?楓の今後に関わる大事なことなんだからさ。ちゃんと冷静になって、考えてもらいたいからね」
へらりと笑いながらも、どこか真剣さの入り交じった声音で醍醐先生が言って。
俺たちは渋々、押し付けられたコーヒーを飲む。
その冷たさと苦味が喉を滑り落ちるたび、熱くなっていた身体が冷めていって。
彼の言うように、冷静さが戻って来るのを感じた。
「さて、落ち着いたようだし。本題なんだけど」
全員が飲み終わったのを確認し、先生が静かに口火を切る。
「さっき、楓の検査結果が出た。心肺機能が著しく低下してる。原因は恐らく、まだ開発途中の抑制剤の過剰摂取だと思う」
「えっ!?過剰摂取って、なんで!?」
ガタンっと椅子を鳴らして立ち上がったのは、春海だった。
「どういうこと!?俺、ちゃんと調整して渡してたのにっ…」
「馬路が、楓に頼まれてこっそり渡したらしい。問い詰めたら、不貞腐れながらゲロった」
「なんで、そんなことっ…」
「蓮くんに、会うためだろ?」
こっちへ視線を向けながら、そう言われて。
ようやく謎が解けた。
「…最初、楓からなんのフェロモンも感じなかったのは、そういうことか…」
「そそ。これは推測だけど、楓は蓮くんに一目会ってから死ぬことを、最初から決めてたんじゃないかな。だから、未練が残らないように、君に未練を残さないように、絶対にフェロモンを出さないために、薬を大量に飲んだ。まぁ、どうやら失敗したらしいけど」
「…そんな…じゃあ俺がやったことは…」
春海が呆然と呟きながら、崩れるように椅子に倒れこむ。
「しょうがないよ、春海。たぶん、あいつはずっと前からそうしようって決めてたんだ。もしかしたら、治験に協力したのだって、いつか来るこの日のためだったのかもしれない。長い間周到に準備された計画だ。気付きようがない」
軽い口調で告げられる言葉に、春海は項垂れて。
きつく、唇を噛んだ。
「副作用は、大丈夫なのか?あいつの身体、元に戻んのか!?」
那智さんが、苛立った声で口を挟む。
「それは、現時点ではなんとも…なんせ、出来上がったばかりの薬なんで、副反応等の検証もこれからだったんですよ」
「おいっ…!」
「那智。そこは、醍醐先生に任せるしかない」
一瞬で怒りのオーラを立ち上らせた那智さんを、誉さんが宥めると、不満そうにぎゅっと唇を引き結んで黙った。
醍醐先生は、一度ぐるりと部屋にいる面々を見渡して。
ぴたりと、俺に視線を合わせる。
「そして、もうひとつの問題は…あいつが恐らく、複雑性PTSDを抱えてるってことです」
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