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雲雀(ひばり)19 side春海
仕事の休憩時間に楓の病室へ向かっていると。
病室の前に花束を持って佇んでいる人影を見つけた。
「和哉?」
声をかけると、弾かれたように顔を上げ。
ふいっと顔を背けると、背中を向けてその場を去ろうとする。
「待って!」
慌てて追いかけて、その腕を捕らえた。
「…楓のお見舞い、来てくれたんだろ?まだ眠ったままだけどさ、顔くらい見ていけば?」
俯いた顔を覗き込むと、きつく唇を噛んで首を振る。
「…楓は、俺に見舞われたくないでしょ」
「そんなことないよ。きっと、喜ぶと思う」
「嘘。絶対嫌に決まってる。それに、蓮さんは絶対俺を楓に会わせたくないはずだもん」
言いながら、泣きそうに顔を歪めて。
噛み締めた唇に力を入れた。
「…ちょっと、あっちで話そうか。ジュース、おごってあげる」
面会スペースにある自動販売機で、いちごみるくとコーヒーを買って。
項垂れてソファに座ってる和哉にいちごみるくを差し出すと、嫌そうに眉をひそめた。
「なんで、俺がこっちなんだよ」
「ん?なんとなく」
無理やりそれを押し付け、隣に座ってプルタブを開けると。
しぶしぶといった風情でペットボトルの蓋を開けた。
「…楓、自殺しようとしてたって、ホント?」
「…うん、まぁ…」
「なんで…?折角、蓮さんに会えたのに…」
「…ずっと、苦しんでたから…蓮に会って、生きていく気力が切れちゃったのかもしれない。自分はもう、蓮には相応しくないって、そう思ってたみたいだし…」
「…相応しくないなんて…そんなバカな話、あるかよ…蓮さんの心の中には、ずっとあいつしかいなかったのに…」
呻くようにそう言って、いちごみるくを勢いよく飲むと。
「あーあ!バッカみたい!」
突然、大声で叫ぶ。
「ちょっ…なに、いきなり!」
周りにいた人たちが一斉にこっちを振り向いて、非難の目を向けたから。
俺は慌てて和哉の口を塞ぎ、周りに頭を下げた。
「ここ、病院だからっ…」
「わかってるよ」
不貞腐れた顔で、俺の手を払い退けて。
「…わかってる。全部わかってるんだ。どう足掻こうと、俺があの二人の間に割って入ることなんて出来ないこと。蓮さんが俺と一瞬だけ恋人ごっこしてくれたのは、アメリカまで押し掛けてった俺への憐憫の情でしかないってこと。俺がβだから…番になる必要がないから…」
自嘲するように、笑う。
「…和哉…」
「…敵うわけ、ないじゃん。俺は、死ねない。どんなに愛しても、蓮さんのために命は賭けられない」
笑いながらも、その拳は白くなるほどに握り締められていて。
なのに、顔は笑ってて。
その姿は、いつも強気で自信家な彼とは同一人物とは思えないくらい、痛々しかった。
「…そんなこと、ないだろ?少なくとも俺は、楓のために命を賭けるつもりだった。おまえだって同じだろ?家を捨てて、なんにもなくなった蓮を、おまえが影でサポートしてここまでにしたんじゃないの?それがわかってるから、蓮もおまえの気持ちに応えたいって思ったんじゃないの?」
だからつい、慰めるつもりでそう口にしたら。
和哉はこれ以上ないってくらい、目を見開いて。
俺の頭を思いっきり叩いてきた。
「痛って!なんだよっ!」
「バカじゃないのっ!バカ春っ!」
怒鳴ったと同時に、その瞳から大粒の涙がこぼれ落ちて。
「っ…だから、おまえは嫌いなんだっ…」
ボロボロと涙をこぼしながら、悪態を吐いてきて。
なんだか愛おしさを感じた俺は、そっとその身体を抱き寄せた。
抵抗するかと思ってたら、案外あっさりと腕の中に収まってくれる。
「バカっ…ボケっ…オタンコナスっ…」
「オタンコナスって、なに?」
「知るか、ボケっ…」
嗚咽を漏らしながら、憎まれ口を叩き続ける和哉を抱き締めながら。
俺も一粒だけ、涙を流した。
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