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雲雀(ひばり)20 side春海

「最悪…こんな顔で、仕事戻れないじゃん。春のバカ」 散々泣いて。 ようやく泣き止んだと思ったら、そんなことを言い出して。 いつもの和哉が戻ってきたことに、つい顔が緩んだ。 「大丈夫。顔が腫れてても、和哉はイケメンだから」 「は?なにそれ。バカにしてんの?」 「してないよ。イケメンなんだからさ、きっとその気になれば相手なんて選り取り見取りだってこと」 「…あんたもね」 そう返されて。 思わず言葉に詰まると、和哉は小さく笑い。 おもむろに、自分の頬をパン、と両手で叩いた。 「さてと。もう戻んなきゃ。総支配人が夏休み中だからさ。俺、結構忙しいのよ」 「え…?」 夏休み、という言葉に、首を傾げると。 和哉は持っていた鞄から、ノートパソコンを取り出す。 「これ、蓮さんに渡しといてくんない?どうしても蓮さんじゃなきゃ判断出来ないときは、リモートで仕事頼むけど。俺が出来ることはなんとかするから。だから安心して、楓の側についててやってって」 「…和哉…」 「…誤解しないで欲しいんだけど、俺は今のポジション、気に入ってるよ?ずっと夢だった、蓮さんの仕事上のパートナーって場所」 ニヤリと笑って、花束と一緒にそれを俺に持たせて。 「じゃあね」 立ち上がると、まっすぐに前を見て歩き出す。 「和哉っ!」 ピンと背筋の伸びた凛とした背中を、呼び止めた。 「…今度、二人で飲みに行こう」 振り向いた和哉は、嫌そうな顔。 「傷の舐め合いすんの?やだよ」 「いいじゃん。身体の傷だって、舐めたら早く治るだろ?」 「犬猫じゃあるまいし…」 呆れたように首を竦めながらも。 「春の、おごりね。お坊っちゃまなんだから、めちゃくちゃ高級フランス料理とか、期待してる」 目だけは、楽しげに細められて。 「え!?それ、飲みじゃないじゃん!ってか、今の俺の給料じゃ無理だし!」 「お父さんか兄ちゃんに借りればいいじゃん」 「なんでそこまで!?ってか、俺だって失恋したのは同じなんだけど!」 「そうだっけ?」 クスクスと声を立てて笑った。 「それとさ、もうひとつ」 その笑顔のまま、柔らかい声で。 「誤解してると思うけど。俺、楓のことは嫌いじゃないよ?」 唐突に、そう言った。 「そりゃあさ、羨ましいなって思ってたし、ムカついてもいた。なんの努力もしなくても、そこにいるだけで蓮さんに愛されるんだから。でも…あの人のピアノは、ずっと大好きだった。あの人のピアノを聞いてると、こんな性悪な俺でも内側から綺麗に洗われるような気がして…ヒメチャンネルも、実は毎晩見てるんだ」 「うっそ…」 「だから、早く目を覚まして、またみんなにあの天使の歌声のような美しい音を聞かせて欲しい。心から、そう思ってるよ」 そうして、満足げに微笑んで。 「じゃあね。連絡、楽しみに待ってる」 くるりと踵を返すと、今度こそエレベーターへ向かって歩き出す。 「今のっ…楓に伝えてもいいよなっ!?」 その背中に問いかけると。 振り向かずに、ヒラヒラと後ろ手に手を振った。

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