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雲雀(ひばり)21 side蓮

楓が目を覚まさなくなって、二週間が過ぎた。 「楓…今日はいい天気だよ。でも、ちょっと暑過ぎるかな。最高気温は37度だって。俺が住んでたダラスでは、これくらいでも快適に過ごせたんだけどさ。日本はダメだな。湿気が多すぎるよ」 手を握り締めて、語りかける。 当然返事が返ってくることはないから、虚しさばかりが募るけれど。 亮一がとにかくなんでもいいから話をしろと言っていたのを思いだし、折れそうな心を奮い起たせた。 『眠っていてもちゃんと聞こえてるから、とにかく声を聞かせてあげて。蓮の声なら、届くかもしれないから』 「…聞こえてる…?楓…」 骨が浮き出た手の甲を、そっと撫でる。 「春海がね、美弥ちゃんにDVDを届けてあげたんだって。覚えてる?銀座のあのデパートに、楓のピアノを聞きに来てくれた女の子。とても喜んでたって。そして、とても楓に…いや、ヒメに、会いたがってたって。病気で入院してるって言ったら、泣いちゃったみたいでね。早く良くなりますようにって、これを渡してくれってさ」 俺はさっき春海から渡された青色の折り紙で作られた小さな折り鶴を、握っていない方の手のひらに乗せた。 春海が作ったという、動画サイトのヒメチャンネルを開き、スマホを枕元に置く。 静かに流れ出したのは、ようやく巡り会えたあの日のショパンのノクターン。 楓自身の思いを乗せた、哀しくも優しい音。 「でも…誰よりも待ってるのは、俺だよ。楓…おまえの声が聞きたい。おまえの夜空に輝く星のような瞳で、俺を見つめて欲しい。柔らかなピアノの音色のような声で 、蓮くんって呼んで欲しい。楓…頼むよ…目を覚ましてくれ。もう一度、おまえに会いたい…」 握った手を頬に押し当てると、その温かさに心が震えて。 溢れた涙が、楓の細い指先を伝った。 その瞬間。 ピクリ、と。 指先が震えた。 「楓…?」 驚いて、眠る楓の顔を覗き込むと、僅かだが睫毛が震えている。 「楓っ…楓っ!わかるか?俺だよっ!蓮だっ!」 握り締めた手に、力を込めると。 弱々しいけれど、でも確かな力で握り返してきて。 「楓っ!楓っ…」 何度も何度も名を呼ぶと。 スローモーションのように、目蓋がゆっくりと持ち上がった。 「楓っ…!!」 虚空を彷徨った眼差しが、俺の呼び掛けに導かれるようにこちらへと向く。 「…れん…くん…」 「うん。ここに、いるよ。楓の側に」 視線が絡み合うと、雷に打たれたみたいに全身が震えた。 手を、もう一度強く握り直すと。 「…ずっと…聞こえてた…蓮くんの呼ぶ声…」 さっきよりも少し強い力で、握り返してくる。 「真っ暗闇へと歩き出そうとする俺を、呼び止めて…何度も、楓、行っちゃダメだ、って…戻ってこい、って…」 「うん。うん。…良かった…戻ってきてくれて、良かった…」 何度も頷くと、それまでぼんやりとしていた表情がくしゃっと歪む。 「っ…でもっ…俺は、もうっ…」 「ありがとう」 また否定する言葉を吐きそうになるのを、遮った。 「生きててくれて、ありがとう。生きて、俺の元へ帰ってきてくれて、ありがとう」 微笑みを張り付けて、そう告げると。 見開かれた楓の瞳から、次々に涙が溢れだして。 「蓮くんっ…」 「ありがとう…ありがとう…楓が生きていてくれるだけで…それだけでいいから…俺は、それだけで幸せだから…」 思わず、その頭を掻き抱くと。 楓は、声を上げて泣きだした。 その腕を、俺の背中にしっかりと回して。

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