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雲雀(ひばり)22 side蓮

「気分は、どう?」 「大丈夫」 「本当に?君は、すぐ嘘を吐くからなぁ」 亮一が聴診器を耳から外しながら、揶揄うように微笑んだ。 「あの…俺、どうしたの…?」 けれど、自分の今の状況がわかってない楓は、不安そうに俺と亮一の顔を交互に見つめる。 「抑制剤の多量摂取による副反応で心肺機能が低下、それによる呼吸困難の発作。…心当たり、あるよね?」 「…ごめんなさい…」 「まだ副反応がどうでるかすらわかってない薬、あんなに飲んだら危険なこと、わかってなかったことないでしょ?」 「…うん…」 いつも穏やかな亮一の厳しい声に、楓は肩を小さくしてうつむいた。 「まぁそれでも、大事(おおごと)にはならなかったし。おかげで副反応のデータも取れたし。結果オーライだけどさ。馬路にもきつくお灸を据えといたけど、もう二度とやらないこと。いいね?」 「…はい、ごめんなさい…あの…馬路さんは、クビになったりしない、よね…?」 「しないよ。言ったでしょ?結果オーライだって」 「よかった…」 うつむいたまま、ほっと安堵の息を吐いたとき。 廊下からバタバタと騒がしい音が聞こえてきて。 「廊下は走らないで!」って、看護師の声が聞こえた。 思わず亮一と目を合わせると、彼はふふっと楽しそうに笑う。 「僕のお説教は、ここまで。あとは、こわーいお兄さんにたっぷり叱られるんだね」 「え?」 楓が顔を上げ、きょとんと首を傾げた瞬間。 ドアが壊れそうな勢いで開いた。 「柊っ!この、バカやろうっ!」 飛び込んできたのは、那智さん。 「え?那智さん?なんで?」 「心配させやがって!」 肩で激しく息をしながら楓の側に駆け寄ると、ガシッと音がしそうなほどの勢いでその肩を掴む。 「おまえが死んだらっ…俺は蓮くんを殺すとこだったんだぞ!!」 「え…?」 「…もう既に、殴られましたけど」 思わず、殴られた左頬に手を当てると、怒りの形相で俺を睨み付けた。 「あんなのは、殴ったうちになんかはいんねぇよ。平手で、しかも手加減してやっただろうが。本気で殴るつもりなら、拳でやってるわ」 「…そうですか…」 あれが手加減した状態かよ… 3日も腫れてたんだけど? 「蓮くん、那智さんに殴られたの…?」 「あー、うん…まぁ…」 「俺の、せいで…?」 楓が、震える声で俺の頬に手を伸ばす。 そうして、もう傷の癒えた唇の端に、恐る恐る指先で触れた。 「違うよ」 「おまえのせいだ」 「那智さんっ…」 びくりと震えた楓を見て、思わず那智さんを止めようとしたけど。 彼は強い眼差しで、俺を制した。 「…俺の運命の番は、俺のために死んだ。組長の女だった俺を、組から逃がすために…俺のために、自分から命を捨てたんだ。だけど、あいつはなんもわかっちゃいなかった。ひとり残された魂の片割れが、どんな気持ちで生きていかなきゃならないのか…あいつのいない人生を、ただあいつの『生きてくれ』って言葉に縛られて生きていくことがどんなに過酷なことなのか…なんにもわかっちゃいなかった。…おまえも、同じだ」 怒りしかなかったように見えたその瞳の奥に、底無しの悲しみが揺れる。 誉さんという番を得てもなお埋められない、心の奥の深い傷痕。 「おまえは、死んで楽になれるはずだったかもしれない。でも、残されたこいつはどうなる?魂の片割れを失って、後悔と悲しみに暮れながら残りの生をただ無為に過ごさせることになるかもしれなかったんだぞ?おまえは、自分の運命の男にそんな思いをさせてもいいのかよっ!?」 魂の慟哭のような那智さんの言葉に。 楓の瞳からまた、涙が溢れだした。 「泣いてないで、ちゃんと言え!それでもいいんだってんなら、俺が今すぐおまえを殺してやるからっ!」 言葉は乱暴だけど、那智さんの全身からは楓への大きな愛情が滲み出ていて。 目の奥が、ジンと熱くなる。 「楓…」 そっと震える背中に手を添えると。 楓は激しく首を横に振った。 「いやだ…いや…蓮くんが苦しむのは、やだ…」 「…楓…」 「だったら、生きろ!運命の番ってのは、二人で一つなんだよ!どっちかが欠けてしまったら、残った方は苦しむだけなんだ!蓮を苦しめたくなかったら、おまえは生きろ!」 那智さんは、そう叫びながら楓を抱き締める。 「生きろっ…柊、生きるんだっ…」 「っ…あ、ぁっ…」 「生きろっ…生きろ、生きろ、生きてくれっ…」 言い聞かせるように何度も繰り返す那智さんの腕の中で、声を上げて泣き崩れた楓の背中を。 俺は涙が止まるまでずっと、擦っていた。

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