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菊戴(キクイタダキ)6 side志摩
「志摩っ!このバカっ…」
5日間も連絡もせず、店を空けて。
ホテル以外で客と会ってはいけないというルールを破ってしまったから。
クビになるのを覚悟で、診療所に戻った。
飛び出てきた那智さんは、僕の顔を見るなり怒鳴って。
でも、息が出来ないほど強く抱き締めてきた。
「ぐ、ぐるじっ…」
「よかった…無事で、よかった…」
その声は、怒ってるというよりも、ひどく安心したような声で。
すっごくすっごく心配かけてたんだなって、痛い程伝わってきて。
「ごめんなさい…」
素直に、その言葉が出てくる。
「いい。おまえが無事だったんなら、それでいいんだよ」
那智さんの大きな手が、まるで犬でも撫でるようにわしゃわしゃと頭を撫でてくれて。
「ごめんなさい…ごめんなさいっ…ぅぅぅっ…」
ホッとした僕は、那智さんの腕のなかで子どもみたいに泣いた。
「じゃあ、ヒートを起こした後のことは、よくわからないんだね?」
「はい。ごめんなさい…」
誉先生の質問には、殆どなにも答えられなくて。
僕は項垂れて、診療所の年季の入った木目の床を見た。
なんでこんなことになっちゃったんだろう…
ヒートの間隔が狂うことなんて
今までなかったのに
僕があの人のことを好きだったから
無意識に身体がそうなっちゃったのかな…?
きっと僕が悪かったんだ
だから龍さんはあんなに不機嫌だったんだ
僕のヒートに無理やり付き合わされたから……
「…αの力が強く、相性がよくて、ヒートの時期が近いと、無理やりヒートを引き起こされることが稀にあるんだよ。それは、そのαの遺伝子を絶対に逃したくないというΩの本能なんだ。彼は血統的にも相当上位のαだからね。志摩の意思とは関係なく、本能が彼を求めてしまったんだろう。志摩が、気に病むことはないよ」
「…はい…」
宥めるように先生は優しく言ってくれるけど、僕は顔を上げることが出来ない。
やっぱり僕が悪いんだ…
僕がΩだから
僕の本能があの人を求めちゃったんだ…
「…那智。彼らは運命の番、なのかな?」
「…さぁ…こればっかりは、本人達の感覚じゃないとわかんねぇからな…柊も、側にいても発情期が来るまでわかんなかったって言ってたし…」
「…違うと、思います…」
二人が話してるのを、小さな声で遮った。
「龍さんにとっては、きっと迷惑だったんです。ちょっと食べてみたかっただけの僕に、無理やり5日も付き合わされて…だから、怒ったんだと思います」
今朝の龍さんの冷たい眼差しを思い出して、また涙が零れる。
もしも僕たちが運命の番なら
あんな目で見られることなんてありえない
「…泣くな。あんな男のことで」
那智さんが、また僕を抱き締めて。
「悪かった。俺が悪かった。あいつがどんな奴か知ってたのに…俺は店と柊を守るために、おまえを犠牲にしたんだ…すまない…おまえは、悪くないからっ…」
何度も悪かったと繰り返すのを、僕はその温かい場所で謝罪の意味もわからないまま聞いていた。
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