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菊戴(キクイタダキ)8 side志摩

少し時間が経って冷静になってくると、驚きや戸惑いが過ぎ去って不安の方が大きくなっていった。 「志摩は、この子をどうしたい?産みたい?堕ろしたい?」 「…わかり、ません…」 誉先生の僕を気遣う声に、答えられない。 産む…? 産んで… それからどうなるの…? 龍さんはどう思う…? 迷惑…かな… 迷惑、だよね… だって僕は、龍さんの恋人でもなんでもない ただの、暇潰しの存在だもん それに、こんな社会の底辺のΩが産んだ子ども、龍さんちみたいな由緒正しいお家の一員だと認めてもらえない きっと幸せになんかなれない気がする だったら、堕ろす…? 堕ろすってことは、この子を殺すってこと 殺すの…? この子を殺す…? 僕の 勝手な考えで この小さな命を殺すの………? 僕が この手でこの子を殺すの…? 「…っ…や、だ…」 「志摩?」 「やだ…やだっ…殺したく、ないっ…」 「…志摩…」 たとえどう思われていようと ここに宿ったのは僕の大好きな人の子どもなんだ そんな大切な命を 僕を選んで僕のお腹に宿ってくれた命を 僕の勝手で殺すことなんてできない 「産みます」 涙が込み上げそうになるのを、グッと堪えて。 顔を上げ、二人を見つめた。 誉先生は、小さく息を飲んで。 那智さんは、ぎゅっと眉を寄せる。 「…わかってんのか?それが、どういうことか」 「はい」 「…認知なんて、してもらえねぇかもしれねぇぞ?」 「…わかって、ます」 「それどころか、自分じゃないって逃げようとするかもしんねぇ。こんな商売だからな。いちゃもんなんて、いくらでもつけられる」 その言葉には、一瞬だけ息が詰まったけど。 深呼吸をして、気持ちを強く持つ。 それでも 「僕は、この子を産みます」 「苦労するぞ」 「わかってます。僕も、お父さんいなかったから、片親がどんなに大変か、知ってます」 それでも 「だけど、だからってここにあるこの小さな命を、僕の勝手で殺すことなんてできません」 この子は僕しか守れないんだ 僕が、守ってやらなきゃ 眼差しに、力を込めて見つめると。 二人はしばらくの間僕をじっと見つめ返していて。 やがて、誉先生がふっと息を吐いて、表情を柔らかく緩めた。 「俺たちの負け、だね、那智。志摩はもう、ちゃんとお腹の子どもの親なんだな」 「…あぁ」 「Ωは、αやβよりも母性本能が強いと言うけど、すごいよ。僕には、わからないなぁ」 先生が笑いながら頭を掻くと、那智さんも大きく息を吐き出して。 それからおもむろに手を伸ばすと、僕の髪の毛をぐしゃぐしゃっとかき混ぜる。 「いつの間にか、一人前になりやがって」 「な、那智さんっ、やめてっ…!」 「心配すんな。おまえと子どものことは、俺らが絶対に守ってやる。だから、おまえはなんの心配もせずに、腹の中の子どものことだけ、考えとけ」 力強い言葉に、心が震えて。 「ありがとうっ…ございますっ…」 堪えてた涙が、また溢れた。

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