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菊戴(キクイタダキ)10 side志摩

「ぼ、僕一人でもっ…この子を、育てますっ!迷惑は、かけませんっ!だからっ…」 「志摩」 興奮状態で勝手に突っ走る僕の手を、那智さんが強く掴む。 その痛みに、事前に打ち合わせたことをすっ飛ばしたことに気が付いて。 「ご、ごめんなさい…」 僕は口をつぐんで、俯いた。 那智さんは、そんな僕の背中を何度か落ち着かせるように擦って。 その手を僕の背中に当てたまま、龍さんを鋭い視線で見つめる。 「志摩はこう言ってますが、店としては大切な商品に傷を付けられて黙っているわけにはいきません。あなたは抑制剤を取りに行こうとした志摩の邪魔をして、ヒートが起きるのを故意に止めなかった。それだけでも契約違反なのに、ヒート中にも関わらず避妊具も着けず、挙げ句アフターピルを服用させる義務まで怠った。ヒートの最中に避妊具なしで交われば、こうなることはわかっていたはずです。つまり、あなたは故意に志摩を妊娠させた。私は店のオーナーとして、そして彼の親代わりとして、あなたにその責任を取ってもらわなければなりません」 事前に聞いていたにも関わらず、淡々と事務的に話す言葉を聞いていると、胸の奥がチクチクと痛んだ。 その胸の痛みに少し前屈みになりながら、龍さんの様子を盗み見ると、感情の見えない能面みたいな表情で、那智さんの話を黙って聞いている。 「…志摩は、子どもを産むことを希望しています。ですので、こちらとしては、子どもの認知と出産費用、子どもが成人するまでの養育費を要求します。あなたがこれを拒否すれば、裁判で争うことも視野にいれております」 そう言いきって、那智さんが睨むように見つめた。 龍さんは、それを目を逸らすこともなく受け止め、対抗するように鋭い眼差しで那智さんを見る。 息が詰まるほどの張り詰めた緊張感に、僕は身動ぎすることも出来なくて。 いったいどうなるんだろうと、冷たい汗が背筋を流れ落ちたとき。 龍さんがおもむろに、長い息を吐いた。 「…わかりました」 「では…」 「志摩をもらい受けます」 「………は?」 そうして放たれた言葉は、意味を理解する前に頭をすり抜けていった。 「もらい…受ける、とは…?」 那智さんも、信じられないような顔で訊ねると。 「言葉の通りです。お腹の子どもは、間違いなく私の子どもなんでしょう?だったら、志摩と結婚し、その子は九条財閥の跡取りとして育てます」 喜びも、ましてや苦悩も感じられない、まるで業務連絡でも告げるような淡々とした口調で告げられた言葉に。 僕も那智さんも、返す言葉を失った。

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