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大瑠璃(おおるり)2 side蓮
「…っ!これ…」
肉じゃがのじゃがいもを口に入れた途端、広がった味に。
思わず左隣に座る楓を、見た。
食事の時は、向かい合わせではなく、必ず並んで座ることにしている。
その方が、すぐに楓に手が届くし。
何より、九条の家でも生徒会室でも、俺の左隣は楓の指定席だったから。
「…小夜さんの、肉じゃがだ…」
そう、呟くと。
楓は嬉しそうに微笑む。
「ホント?ちゃんと、小夜さんの味になってる?」
「あぁ!懐かしいな…」
幼い頃からずっと、俺は小夜さんの料理で育った。
だから、俺にとってのおふくろの味は、小夜さんの味だ。
楓の作った肉じゃがは、懐かしいあの頃を思い出させてくれる、小夜さんの味そのものだった。
「よかった…何度も試行錯誤してさ。ようやく最近、小夜さんの味に近付けることが出来るようになったんだ。まさか、蓮くんに食べてもらえるとは、思ってなかったけど」
そう言って。
自分の分の肉じゃがに箸をつけた楓は、満足そうに何度か頷いた。
「うん。上出来」
「上出来どころか、完璧だよ。これは、小夜さんの肉じゃがだ。すごい。嬉しい。ありがとう、楓」
早口に感激を伝える言葉を並べ立てると。
楓は照れ臭そうに頬をほんのりと赤く染めて。
それから、遠くを見るように視線を宙に投げる。
「小夜さん、元気かな…」
「…元気だよ、きっと」
小夜さんは俺がアメリカに渡ってすぐ
自ら辞表を出して自分の故郷へと帰ったと聞いた
「…東北の、雪深いところなんだってね…冬は大変だけど、とってもいいとこだって、言ってた…」
「…そうか」
「自然がいっぱいで…子どもを育てるにはいいところだって…一緒に、あの子を育てようって…そう、言ってくれた、のに…」
語尾が、震えて。
宙を見つめたままの楓の瞳から、大粒の涙が零れ落ちる。
楓が、子どもの話を自分からしたのは、それが初めてで。
俺は箸を置くと、涙を流し続ける楓の小さな身体を、そっと抱き寄せた。
「…ごめん、なさい…」
「…謝るな。楓のせいじゃない。楓は、なにも悪くないから」
何度も繰り返される言葉に、また同じ台詞を返して。
小刻みに震える身体を、暖めるように包み込んでやる。
こんなことで楓の傷が癒えることはないけれど
俺に出来るのはこれしかないから……
そんな不甲斐ない自分自身への怒りを、無理やり飲み下し。
涙で濡れる目蓋に、触れるだけのキスを落とす。
「…いつか、二人で会いに行こう。小夜さん、きっと楓のこと心配してるから、顔を見せて安心させてやろう。この肉じゃが作ってみせたら、きっと喜んでくれるんじゃないかな」
無理やり微笑みを張り付けて、そう言うと。
楓は俺にぎゅっとしがみついて、何度も小さく頷いた。
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