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大瑠璃(おおるり)7 side蓮

慌てて亮一に連絡を取ると、ちょうど当直で病院にいるというから。 車を飛ばして、楓を病院へと運んだ。 「もう、大丈夫だよ」 処置室から出てきた亮一は、疲れたように肩をぐるぐると回しながら、廊下に備えられたベンチに座る俺の横に、どさりと乱暴な仕草で座り込んだ。 「すまない。ありがとう」 礼を言うと、チラリと俺を横目で見て。 深い溜め息をつく。 「興奮させんなって、言っただろ」 「…すまない」 「なにが、あった?」 問われて。 俺は、さっきのやり取りを洗いざらい話した。 「子ども産めないって…本当なのか?」 「どうなんだろうな…本人は、そう思い込んでるけど」 「それって…」 「昔の、堕胎手術が原因だって聞いてる。そこら辺のことは誉先生の方が詳しいから、明日聞いてみるといい。楓も、先生に明日いろいろ検査してもらうから」 誉先生は亮一に口説き落とされて、今月から週に二回ほど非常勤医師としてこの病院でΩ患者の診察を行っている。 どうやら明日が、ちょうど当番の日らしかった。 「…無理やり、子どもを堕ろさせるなんて…本当に龍が、そんなことしたんだろうか…?俺の知ってる龍は、そんな酷いことが出来るような奴じゃないんだ。あいつは真っ直ぐで、理に敵わないことが大嫌いで…それに、あんなに楓のことが好きだったのに…」 記憶の中にある、龍の屈託のない明るい笑顔を思い出しながら、頭を抱えた。 「…好きだったから、じゃねえの?」 ぼそりと独り言のように呟かれた言葉に、思わず亮一を仰ぎ見る。 「好きだから、誰よりも好きだから、他のαの子どもを宿したことが許せなかったんだろ」 「他のっ、て…俺たちは兄弟なんだぞ?」 「むしろ、兄弟だからだろ。同じ血を引いてて、同じように愛してるのに。どうして俺は選ばれないんだ。ってさ」 「それ、は…」 「きっと、おまえには一生わかんねぇよ。おまえは、選ばれる側だからな。運命っていう、これ以上ない強い絆を、おまえは生まれた時からその手に掴んでるんだから」 そう言って、俺を見つめた眼差しには、微かに羨望に似た感情が揺らめいていて。 「…ごめん」 思わず謝ると、こん、と軽く頭を小突かれた。 「謝んな、バカ。俺が余計に惨めになるだろ」 「あ、そうか。悪い」 「だからっ…」 亮一は、なにかを言いかけて。 でも、言葉を飲み込むと、ふっと息を吐く。 「…仕方ない。惚れた方の負けなんだ」 そうして、どこか寂しげに笑った。 「でも…おまえの弟って、九条財閥の次期当主だろ?あんま、いい噂聞かないけど…大丈夫なのか?」 亮一が突然話の方向を変え、俺を心配そうに見る。 「それは…」 噂には聞いていた 九条グループの業績が最近あまりよくないことを そのせいで大幅なリストラをしたり 強引なやり方で敵対企業を合併したり 社内の締め付けも厳しくなっていて 早期退職する者も増えてきているとか お父さんが舵をしっかりと握っていれば こんなことにはならないだろうに 龍のやり方を黙ってみているつもりなんだろうか…? それとも まさかお父さんになにかあったんじゃないだろうな… 龍… 人を大切に出来ない企業は いずれ社会から淘汰されてしまうこと どうしてわからないんだ そんなこともわからなくなるほど 俺はおまえを追い詰めてしまったのか…? 「…でも、俺にはどうすることも出来ないよ。身勝手に全てを投げ出して、あの家を出た俺には…あいつに、なにかを言う権利なんて、ない」 「そう、だろうけどさ…」 亮一が、俺の代わりのように、はーっと深い溜め息を吐いたとき、目の前の処置室のドアが開いて。 酸素マスクを付け、ストレッチャーに乗せられた楓が出てきた。 「ま、今はそんなことより、楓のことだ。付き添うだろ?おまえ用のベッド、用意させてある」 「ありがとう」 立ち上がり、楓に付き添って病室へ向かおうとする俺の肩を、亮一が強く掴む。 「たとえなにがあっても。誰がなんと言おうとも。楓を救えるのは、おまえだけなんだからな。絶対、揺れんなよ」 いつになく真剣な眼差しに。 「ああ。わかってる」 俺は強く、頷いた。

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