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大瑠璃(おおるり)9 side志摩

「すみません!迎えにきていただいてっ…」 診療所の前に止まってた、シルバーのメルセデスに向かって駆けていくと。 龍さんは顰めっ面でこっちへ走ってきて、僕の肩を強く掴んだ。 「バカ。走って転んだりしたらどうするんだ。危ないだろ」 「あ…すみません」 まさか、そんなことを言ってくれると思わなくて。 びっくりして立ち止まったら、掴んだ肩をそっと抱いて、エスコートするように車の助手席のドアを開いてくれる。 「乗って」 「は、はい」 こんなに高そうな車になんか乗ったことないから、びくびくしながらシートに座ると、想像よりもっとふかふかで。 なんだか自分が場違い感ハンパない気がして、ますます身体を小さくした。 「…あ。オーナーに、挨拶したほうがいいか」 運転席に回り込んだ龍さんが、思い付いたように呟く。 「あ、いえっ!オーナーは、今日は出掛けててっ…だから、大丈夫ですっ!」 絶対会いたくないって、自分の部屋へと逃げるように消えていった那智さんの後ろ姿を思い出しながら、慌てて嘘の言い訳をすると。 「そうか。なら、また今度にするか」 龍さんは特に不審がることもなく、淡々とそう言って車を発進させた。 どこかで聞いたことのあるような、静かなピアノの曲が流れる車内は、殆ど揺れもなく。  滑るように、車は都心の真ん中へと向かっていく。 「最近、調子はどうなんだ?その…悪阻(つわり)、とか…」 ハンドルを片手で軽く操作しながら、真剣な眼差しで前方を見つめる端整な横顔が、すごくかっこよくて。 ドキドキしながら見つめてると、不意に龍さんが訊ねてきた。 黒翡翠みたいな綺麗な切れ長の瞳で、チラリと見られて。 ばくん!って心臓が大きな音を立てちゃって。 「あ、は、はいっ…大丈夫、です!僕、なんか悪阻が軽い方みたいで。朝起きた時にちょっと吐いちゃったりするくらいで、あとは全然!普通に働けます!」 焦った僕は、早口でそう捲し立てた。 「…朝、吐いてるのか」 また前を向いた龍さんの眉間が、ぎゅっと寄せられる。 「え、あ、は、吐くって言っても、胃液ぐらいしか出ないんでっ!ご飯とか、普通に!っていうか、むしろお腹減って、食べ過ぎちゃうくらいでっ!先生にも、太りすぎちゃうと出産が大変になるから、ほどほどにって言われちゃって…」 「…働けます、って?まだあの店で働いてるのか?」 「あ、いえ…今は、誉先生の診療所で、ちょっとしたお手伝いを…」 「そうか」 僕の答えに、龍さんは安堵したようにほっと息を吐き出して。 「もう、おまえ一人の身体じゃないんだ。大事にしてくれ」 ハンドルを握っていない方の手で、僕の手をそっと握ってくれた。 大きくて すごく温かい手 「…は、い…ありがとう、ございます…」 少し躊躇しながら、でもちょっとだけ力を入れて握り返してみると。 僕よりちょっと強い力で握り返してくれる。 これって僕のこと 心配してくれてるってこと、だよね…? どうしよう… すごくすごく、嬉しい…… 期待しちゃいけないって わかってるのに…… いつまでも握ってちゃいけないって、わかってるのに。 僕はその手を自分から離すことが出来なくて。 龍さんはいつものように感情の見えない横顔のまま、それでもしばらくの間、僕の手を握っていてくれた。

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