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大瑠璃(おおるり)11 side志摩
次に龍さんに連れてこられたのは、すごーく高そうなフランス料理のお店。
そこの個室で、すごーく高そうなコース料理をいただいたんだけど。
食べてる間中、龍さんにナイフとフォークの使い方なんかのマナーを徹底的に厳しく仕込まれて。
味なんか全然わかんないまま、ランチが終わった。
つ、疲れた……
ご飯食べただけでこんなに疲れたの、初めて……
「もう疲れたのか?」
ぐったりと車のシートに身を預けた僕に、龍さんがチラリと視線を投げながら聞いてきた。
「…少し…」
「…妊娠中は、疲れやすくなると言っていたな…次が終わったら、少し休むか…」
独り言のように呟かれた言葉に、まだどこか連れ回されるのかと気持ちが沈んで。
目を閉じると、そのまま軽い眠りに落ちてしまった。
「着いたぞ」
揺り起こされて。
僕は仕方なく、重い身体引き摺りながら車から降りた。
瞬間、ぐにゃっと足元が歪んだ感覚に、身体が倒れそうになる。
「っ…!志摩っ!」
慌てて差し出された、力強い腕に抱き留められて。
ふわっと僕を包み込んだカモミールの香りに、一瞬で身体が熱くなった。
「す、すみませんっ…」
「いや…俺の方こそ、悪かった。すまないが、ここだけ付き合ってくれ。そうしたら、少し休ませてやるから」
龍さんが、申し訳なさそうに眉を下げ。
そっと、僕をお姫様抱っこで抱き上げる。
「えっ…!?あ、あのっ…大丈夫、ですっ!歩け、ますからっ…」
まさかそんなことされるなんて思ってもみなくて。
下ろしてもらおうとジタバタと暴れると、今度は怒ったみたいに眉がつり上がった。
「暴れるな。落ちるぞ」
有無を言わせぬ、強い口調で窘められて。
「す、すみません…」
僕はおとなしく、その大きな腕の中で身体を小さくした。
そのまま連れていかれたのは、宝石店。
またまた奥の個室に案内され、ソファの上に座らされると。
僕の前に、たくさんの指輪が並べられた。
どれもこれも、目が眩みそうなくらい大きなダイヤモンドが付いたものだった。
「どれがいい?」
スーツのお店と、同じ質問をされる。
「婚約指輪だ。おまえの好きなものにするといい」
『婚約指輪』
その響きに、一瞬テンションが上がったけど。
「で、でも…いいんですか…?こんな、高価な指輪…」
目の前に並んだのはどう安く見積もっても100万は軽く越しちゃいそうな代物で。
貧相な一般庶民の僕には、似合いそうもなくて。
「僕、もっと安いものでも…」
そう言いかけた僕を、龍さんの鋭い眼差しが突き刺した。
「おまえは、九条財閥の跡取りの妻になるんだぞ。貧相な物を身に付けられたら、俺の価値まで下がるだろ」
冷たい声で言われて。
「す、すみません…」
僕は、ぎゅっと身体を小さくして謝る。
龍さんは、また大きな溜め息を吐いて。
並んだ指輪で、一番大きなダイヤが付いたものを手に取った。
「これを。サイズを合わせてくれ」
「畏まりました。奥様、お手を失礼いたします」
店員さんに『奥様』なんて言われても。
大きなダイヤが僕の子どもみたいにまるっこい指に填まっても。
僕の心には、冬の風のような冷たいものが渦巻いていた。
龍さんが求めているのは
『九条財閥の跡取りの妻』としてみっともない真似をしない僕
本当の僕自身じゃない
本当の僕が求められていないのなんてわかってた
わかってた、のに…
どうしてこんなに泣きたくなるんだろう…
「…志摩」
涙が零れそうになって。
俯いたまま、きつく唇を噛んでそれを堪えてた僕の首に、龍さんの大きな手が触れて。
その手で、するりと僕の首になにかが巻き付けられた。
「え…?」
びっくりして顔を上げると。
目の前に置かれていた鏡に写った僕の首には、濃紺のチョーカーが巻かれていて。
喉仏の辺りの留め具には、大粒の真珠が付いている。
「…誕生日は、6月だったよな」
久しぶりに聞く優しい声に、思わず龍さんを仰ぎ見れば。
感情の読めない顔に、でも微かに微笑みが浮かんでいるように見えて。
「結婚はするが、妊娠中はヒートが来ないから番にはなれないからな。噛み跡の代わりの、俺の印だ」
その言葉は。
凍えそうだった僕の心に、一迅の優しい春風を運んでくれた。
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