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大瑠璃(おおるり)13 side志摩
それでも緊張でびっしょりと濡れた僕の手を引いて。
龍さんが玄関のドアを開けた。
「ただいま帰りました」
奥へと声をかけると、パタパタとスリッパの音がして。
小柄な、可愛らしい感じの年配の女性が現れた。
その人の姿を見た瞬間、龍さんがびくっと震えて。
僕の手を握った手に、ぎゅっと力が入る。
「おかえりなさいませ。龍さん」
優しい笑顔で出迎えたその人を、龍さんは信じられないものを見ているように凝視する。
「…小夜、さん…どう、して…」
掠れた声で、そう呟くと。
小夜さんと呼ばれた女性は、笑みを深めた。
「旦那様に呼び戻していただいたんです。龍さんの奥様とそのお子様の世話をしてもらえないかと、直々にご連絡いただきまして」
「え…?」
「志摩さん、ですね?」
呆然とした表情で言葉を失くした龍さんを後目に、小夜さんは僕へと優しい眼差しを移す。
「あ、は、はいっ!よろしく、お願いしますっ!」
反射的に、深く頭を下げると。
「そんなに恐縮なさらいでくださいな。私は、龍さんが生まれた頃からお世話させていただいております、小夜と申します。故あって、しばらく家政婦は引退していたんですが、この度復帰することになりました。これから、どうぞよろしくお願いいたしますね」
小夜さんは、龍さんが握っていない方の手を、そっと取って。
にこりと柔らかく微笑んだ。
「…はい。よろしくお願いします」
その菩薩様みたいな優しいオーラに、強張っていた身体からすっと力が抜ける。
「さぁ、どうぞ上がってください。旦那様がお待ちですよ」
「お邪魔、します」
そう、促され。
靴を脱いで玄関に上がろうとしたら。
「ちょっと待ってください」
龍さんが、低い声で言って。
僕の手を引き留めるように強く握った。
「小夜さんがお世話するって、どういうことですか?俺は、志摩をこの家に住まわせるなんて、考えてもいませんよ!?」
「えっ…?」
怒ったように放たれた言葉に、僕と小夜さんが同時に声を上げる。
僕…
このお家に住むの!?
「私は、旦那様からそう伺ったんですが…違うんですか?」
「あの人はっ…また勝手なことをっ…!」
「勝手なこととは、なんだ。おまえにそのΩの彼と、その腹の中の子どもをしっかり守る甲斐性があるのか?計画性もなく、勝手に孕ませたんだろう?」
その時、階段の上から渋い男の人の声がして。
「…お父さん…」
龍さんは、僕の手を痛いくらいの力で握ると、声のした方を睨み付けた。
その視線を追いかけると、白髪交じりのすごく体格のいい、映画に出てくるような俳優さん並みにダンディーでカッコいいおじさまが、ゆったりとした足取りで階段を下りてくる。
もしかして…
この人が龍さんのお父さん!?
「初めまして。広瀬志摩くん、だね?」
その人は、龍さんの怒りにも似た厳しい眼差しをものともせず、僕へ視線を合わせるように少し前屈みになると、にこりと優しげに笑った。
その目元が、龍さんによく似てて。
龍さんのお父さんだと確信した。
「は、はいっ!初めましてっ!よろしく、お願いしますっ!」
「…そうか…君が、あの子の…」
「えっ…?」
「いや、こちらの話だ。気にしないでくれ」
独り言のような言葉に首を傾げると、お父さんは薄く笑いながら首を振って。
「私は龍の父で、九条剛だ。志摩くん、ようこそ九条家へ。これからはここが君の家だよ。私のことも、本当の父だと思ってくれたまえ。私たちは、家族になるのだから」
放たれた優しい言葉に、僕の胸はじんと熱くなった。
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