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大瑠璃(おおるり)14 side志摩

「ですからっ!志摩は俺のマンションで引き取ります!ここには、住まわせるつもりはありません!」 「…何度言ったらわかるんだ。Ωはおまえの欲望を満たす道具じゃないんだぞ」 「っ、そんなこと、わかってますよっ!」 「だったら、今の言い草はなんだ。引き取るだの…彼はおまえと対等な一人の人間なんだぞ?おまえは無意識に、彼のことを下に見てるんじゃないのか」 「そんな、ことはっ…」 「それに、おまえは年がら年中仕事で日本全国を飛び回っていて、家を留守にすることも多い。その間、おまえのマンションで一人で過ごす彼とお腹の子どもになにかあったらどうするつもりだ。男性Ωの妊娠と出産は、女性のそれよりも様々なリスクが高い。そんなことは、おまえだって知っているだろう?」 場所を玄関からリビングに移しても、お父さんと龍さんはずっと言い争いを続けていた。 というより、龍さんが一方的に怒られてる、みたいな感じだけど。 「小夜さんなら、元々身体の弱かったおまえたちの母親が妊娠中も様々なサポートをしてくれていたし、出産直後から、おまえたちの世話もしていた。出産がなんたるかも知らないおまえと二人きりより、ここの方が志摩くんも安心して子どもを産めるだろう」 「…それ、は…」 「2階の3部屋をリフォームして、おまえたち夫婦の部屋にする手筈は整っている。それが済んだら、おまえもこの家に戻るんだ」 「っ…楓の、部屋を潰すんですかっ!?」 悔しそうに唇を噛んでた龍さんが、お父さんのその言葉に弾かれたように顔を上げる。 「…あれは、もう二度と帰ってこない。それは、おまえが一番わかっているだろう?」 ボソリとお父さんが低い声で呟くと。 龍さんの顔が、苦し気に歪んだ。 「あの…旦那様。少し志摩さんを休ませてもよろしいですか?立ちっぱなしは、お身体に障りますので」 重苦しい沈黙が落ちた二人の間に、小夜さんがそっと割って入る。 二人が同時にハッとした顔で僕の方を見て。 龍さんは、バツが悪そうにすぐに目を逸らした。 「ああ、そうだな。悪いね、志摩くん。すぐに、夕食にするから」 「あ、いえ…」 「志摩さん、こちらへどうぞ」 僕は、小夜さんに手を引かれてリビングを出る。 そのまま、廊下の向かいにある応接室みたいな部屋に入らされた。 「すみません。驚かれましたよね?旦那様…いつも少し、強引で言葉足らずなところがおありで…お気持ちは、とても優しい方なんですけどね」 豪華な応接室セットのソファに、ちまんと座った僕に。 小夜さんが、冷たい麦茶が入ったコップを手渡してくれる。 「…龍さん、お父さんとあんまり仲良くないんですか?」 受け取ったそれを、握り締めながら訊ねると。 小夜さんは困ったように、微笑んだ。 「…昔、いろいろありましてね…きっと、心の中ではお互いを大切に思っているのでしょうけど…人と人との関係は、一度拗れると修復はなかなか難しいものですから…」 哀しげに呟いた言葉がなにを指しているのか、僕にはわからなかったけど。 「でも…もしかすると、志摩さんがこの家に新しい風を運んでくれるのかもしれませんね?あなたのような、素直で可愛らしい方を龍さんが伴侶に選んだこと…旦那様はとても喜んでおられましたから」 「え…?」 僕みたいなΩを受け入れるのは難しいだろうと思っていた人に、そんな風に思われていたことが。 照れ臭くて。 でも、すごく嬉しくて。 あったかいものが、ぽわんと胸に広がって。 「龍さんのこと、よろしくお願いしますね。本当はとてもお優しい方ですから」 「はいっ!僕、頑張ります!龍さんもこの子も幸せに出来るように、いっぱいいっぱい頑張ります!」 思わずそう叫ぶと、小夜さんはすごく嬉しそうに頷いてくれた。 「私も、微力ながらお手伝いさせていただきます」

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