281 / 566

大瑠璃(おおるり)20 side蓮

悲鳴を聞いても自分を止めることが出来ず、最奥まで一気に突き刺した。 「楓っ!?大丈夫かっ!?」 全てを中に埋め込んで、ようやく我に返り。 慌てて楓の顔を覗き込むと。 楓の頬はそれまでの紅潮した薄紅色から、蒼白に変わり。 瞳は恐怖に戦いたように大きく見開かれている。 「楓!?どうした!?」 その一瞬の豹変に、思わず頬に手を添えると。 楓はびくんっと大きく震え、俺の手を勢いよく振り払った。 そうして、目を見開いたまま、ガタガタと震え始める。 「楓…?」 「…い、や…」 「楓?どうした!?」 「いやっ…!」 震える手でシーツをきつく掴み、身を捩って俺から離れようとする。 「楓っ…!」 咄嗟に腰を掴んで、強く引き寄せると。 小さな悲鳴を上げた。 「いやっ!やだっ…たすけてっ…」 見開かれた真っ黒な瞳から、大粒の涙が零れる。 「たすけてっ…れんくん、たすけてっ…」 泣きながら、俺の名前を呼ぶのに。 「楓っ!俺はここだっ!」 「やだっ…たすけてっ!れんくん、れんくんっ…」 漆黒に覆われた瞳には、俺の姿は映らない。 「楓っ!俺はここにいる!」 「いやぁっ…」 バタバタと手足を無茶苦茶に振り回すのを、抑えようとすると。 ひっ、と短い悲鳴を上げた楓は、パタリと抵抗を止めた。 「楓…?」 今度はどうしたのかと、急いで表情を窺う。 楓は、焦点の合わない虚ろな瞳で、虚空を見つめていて。 「…ころ…して…」 懇願めいた声音で、呟いた。 「…楓…」 「ころして…おねがいっ…おれを、ころしてっ…!」 悲痛な声で泣き叫びながら、自分で自分の身体に爪を立てる。 「やめろっ…楓、やめてくれっ…」 「いやぁっ…ころしてよぉっ…」 手首を強く掴み、シーツに縫い付けて止めさせようとしても、楓は暴れるのを止めなくて。 話に聞いて知ってはいたけど、実際目の当たりにすると苦しさで息が出来なくなる。 「いやだっ…たすけて、れんくんっ…れんくんっ…」 「…楓…俺はここにいるよ…」 あの時からずっとこうだったのか… こんな苦しみを おまえはずっと抱えて…… 涙が込み上げるのを、歯を食い縛って堪えた。 今は泣いてる場合じゃない 楓を助けなければ 「楓っ…」 「れんくん…たすけて…」 「わかってる…絶対、助けるから…」 どうすればいい? どうすればおまえを助けることができる? こうやって繋がっていても おまえは俺を認識しない だったらどうやって…? 「おまえを、絶対助けるからっ…」 呪文のように何度もそう唱えながら、強くその身体を抱き締める。 「愛してる、楓…おまえを愛してる…」 「…ころ、し…て…」 「愛してるよ…どんな楓だって、愛してる…」 「…い…や…」 「愛してる。おまえは俺だけの、運命の番だ」 だから楓 どうか俺の声を聞いて…… 思いの丈を込めて囁くと、身体の一番深いところから熱いなにかが溢れだしてきて。 それが激流のように勢いよく俺の身体を包み込み、押し流した、その時。 楓の中に埋め込んだままのモノがカッと発火したように熱くなって、体積が増したのを感じた。 ノット…!? こんな時にっ…… 「あぁぁっ…」 「楓っ!?」 楓の身体は、またびくんと大きく跳ねて。 だけど。 「…え…?」 それを境に、俺から逃れようと全身に入っていた力が少しずつ抜けていく。 「あ…ぁ…」 大きく見開かれたまま、なにも映さなかった漆黒の闇ばかりの瞳に。 ほんの僅かに、光が戻ってくるのが見える。 「楓っ!楓…わかるか?俺だ!楓っ!」 何度もその名前を呼んだ。 その魂を 俺の元へ呼び寄せるように 虚空へと向けられていた眼差しが、ゆっくりと動いて。 合わなかった焦点が、少しずつ俺へと合わさっていく。 「楓っ…!」 やがて、しっかりと絡み合った視線と同じように、指と指を絡めて強く握り締めれば。 「…蓮…くん…?」 震える唇が、確かな意思を持って俺の名前を紡いで。 「蓮、くん…蓮くんっ…」 「ああ。ここにいるよ?今、おまえとひとつになってるのは、俺だよ」 再び大粒の涙を溢しながら。 微笑みを浮かべた。 それはまるで 固く閉ざしていた蕾が綻び 梔子の花が真っ白な花弁を開かせたような とても美しい微笑みだった

ともだちにシェアしよう!