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大瑠璃(おおるり)24 side楓

「うわぁ…」 鏡に写し出された噛み痕に、若干引いた。 一つ一つの歯の大きさまでわかるような、しっかりくっきりついた歯形は、赤黒い瘡蓋(かさぶた)になっていて。 周りも、少しだけどまだ腫れてる気がする。 「どんだけ強く噛んだんだよ…」 「…ごめん…つい…」 蓮くんは、まるで大型犬が飼い主に怒られてしょんぼりしちゃったような佇まいで、その噛み痕に消毒液をつけてくれた。 「あんまり血が止まんないから、病院連れていこうかと思ったんだけどさ…」 「そりゃあまぁ、首だからね。これだけ強く噛めばヤバイよね」 「いや、でも、楓が離さないでって、気持ちいいからもっとしてって強請るから…」 「もうっ!その話はいいってば!」 またその話を持ち出されて、恥ずかしさに慌てて遮ると。 今度は勝ち誇ったように鼻をならし、俺を後ろからぎゅっと抱き締めた。 「…これでようやく、本当に俺だけの楓になった」 耳元で響く声は、すごく嬉しそうで。 それだけで、俺の胸も喜びで溢れる。 「うん…」 「ずっと、この時を夢見てた」 甘い言葉を吐く唇が、うなじの噛み痕へ触れるだけのキスを落とす。 「蓮くん…」 「楓…俺だけの、楓…」 何度もそう繰り返しながら、その噛み痕を舐めたりキスしたりしてくれて。 すごくすごく幸せで。 俺は蓮くんの腕の中でくるりと向きを変えると、自分から唇にキスをした。 「蓮くんも…俺だけの、蓮くんだよね…?」 「ああ。俺の全部は、楓だけのものだよ」 なんのてらいもなく、当たり前のことを言うみたいにさらりと返されて。 また、幸せが溢れてくる。 「…どうしよ…」 「なにが?」 「幸せ過ぎて…幸せに溺れて、死んじゃいそう…」 「死んじゃ、だめだ」 思わず呟いた言葉に、蓮くんがぐっと眉を真ん中に寄せて。 こつん、と。 おでことおでこを合わせてきた。 「これから先、もっと幸せにしてやる。楓が、もう無理って言っても、もっと」 「無理って言うって…どんだけ?」 思わずくすっと笑ってしまったけど、蓮くんの眼差しは至って真剣で。 「だから、おまえも…俺を幸せにしてくれないか?」 続いた言葉に。 そのどこか切なげな瞳に。 どくんと、心臓が跳ねる。 「俺の幸せは、おまえが側で笑っていること。それ以上の幸せなんて、俺にはない。だから、もう何処にも行くな。死ぬなんて、言わないでくれ」 そう言った蓮くんは、見たこともないくらい苦しそうで。 哀しそうで。 俺はその時初めて、自分がやったことが、こんなにも彼を苦しめていたのだと、知った。 俺は今まで自分のことばっかりで 蓮くんの気持ちなんて考えてなかったんだ 蓮くんはずっと俺に愛を伝えてくれていたのに 俺はその想いを踏みにじることばかりして…… 「…ごめん…蓮くん…」 「謝るな」 「でも…」 「…謝るのは、俺の方だ。おまえの方が、俺なんかよりずっと、苦しかったんだから…」 蓮くんの瞳から、透き通った美しい雫が一滴、零れ落ちて。 それを見た瞬間、強い強い思いが、身体を駆け巡った。 それは もうずっと忘れていた思い 生きたいという強い思い 病院で那智さんに諭されてから、朧気な輪郭を描いていたその想いが、今はっきりとした形になって俺を満たしてしていく。 「…約束…する…」 生きたい… 俺は蓮くんと一緒に生きていきたい 蓮くんの隣で 「もう、絶対離れない」 この先もずっと 「俺が、蓮くんを幸せにする」 君の笑顔を一番近くで見るのは 俺じゃなきゃ嫌なんだ だから 俺は生きる 君のために そして俺自身のために 君の側で 永遠に生きていく 「愛してる、蓮くん」 「俺も、楓だけを愛してるよ」 どちらからともなく、唇を寄せて。 俺たちは誓い合うように、重ねるだけのキスをした。

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