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大瑠璃(おおるり)25 side楓
「ねぇ、蓮くん。俺、病院の前に行きたいところがあるんだけど」
ヒートが終わったら診察を受けることになっていたので、すぐにその日の午後一の予約を取って。
久しぶりにちゃんとした朝食を取りながら、俺は蓮くんにそうお願いした。
「いいけど…どこ?」
「美容室」
「え?」
「髪、切りたいから」
蓮くんは一瞬、目を丸くして。
それから嬉しそうに微笑んだ。
「うん。わかった」
髪を伸ばしていることに深い意味はないと、自分ではそう思っていたけど。
今になってようやく、なんとなくうなじを誰かに見られたくないと、そう無意識に考えていたんじゃないかと思う。
Ωである自分を見られたくないと。
亮一先生の言う通り、自分がΩであることを否定する気持ちが現れていたのかもしれない。
でももう、そんなふうには思わない。
だって俺がΩとして生まれたからこそ、蓮くんの番になることが出来たんだから。
行きつけのお店があるのかと聞かれたから、この2年、時々毛先を春くんが揃えてくれるだけで、美容室なんて行ったことないって言ったら。
蓮くんがいつも行く美容室に連れていってくれた。
「蓮、いらっしゃい!」
店に入ると、すらりと背の高い、ピンク色の髪の男の人が嬉しそうに駆け寄ってきた。
「今回はずいぶん早いじゃない?まだ二週間経ってないけど?」
「ああ、今日は俺じゃなくて、彼をお願いしたいんだ」
そう言って俺を紹介すると、その人は俺と蓮くんを交互に見て。
ニヤリと意味ありげに微笑む。
「あら…そういうこと?」
「俺はちょっと買い物があるから、頼むよ。じゃあ楓、終わっても勝手に店を出ないで、俺が迎えに来るまで待ってるんだぞ?」
「えっ!?」
そんな話聞いてなくて、驚いて蓮くんを仰いだら。
蓮くんは優しく微笑みながら、子どもにするみたいに俺の頭をなでなでして。
颯爽と店を出ていってしまった。
「ずいぶん大切なのねぇ。あんなデレデレした顔、初めて見たわぁ」
呆然と蓮くんが行ってしまったドアを見つめてると、男の人が楽しそうにそう呟いて。
気恥ずかしさに、顔がぼわっと火照る。
「さぁさぁ、こちらへどうぞ」
思わず熱くなった頬に手を当てる俺を、男の人が奥の個室へと案内してくれた。
「どんな髪形にする?」
この店の店長さんだというその人に、髪を櫛で梳かしながら訊ねられて。
「えっと…後ろは襟足ギリギリまで切って、横も耳が隠れるくらいの長さに…」
俺は迷わず、九条の家にいた頃の髪の長さを指定する。
「あらぁ、ずいぶん思いきり切っちゃうのね。折角綺麗な長い髪なのに…せめて、肩の下辺りまで残さない?」
そう残念がられたけれど。
「いえ…バッサリ切っちゃってください。これは、弱い自分へ決別するための儀式なので」
鏡越し、店長さんの目を見ながらそう言うと。
店長さんは不思議そうな顔をしながらも、優しく笑ってくれた。
「畏まりましたぁ。うーんと美人に、仕上げてあげるわね」
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